国立感染症研究所 感染症情報センター
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麻疹 デング熱 2006〜2010年(2011年5月24日現在)


 デング熱は、デングウイルスを保有するネッタイシマカやヒトスジシマカに刺されることによって感染する疾患である。ヒトからヒトに直接感染することはなく、ヒト→蚊→ヒトで感染が成立する。熱帯・亜熱帯のほとんどの国にみられ、東南アジア、インド亜大陸/南アジア、中南米、カリブ海諸国において流行を繰り返しているほか、アフリカ、オセアニア、オーストラリアでも発生がみられる。現在、日本国内にはデングウイルスは常在していないため、国内での感染はないが、媒介蚊であるヒトスジシマカは国内にも生息しており、流行地で感染した者や航空機内の感染蚊などによってウイルスが持ち込まれ、日本においても流行を起こす可能性がある。

 デング熱は一過性の熱性疾患であるデング熱(狭義)と、重症型のデング出血熱に分けられる。また不顕性感染も多いと推測されている。感染後3〜8日の潜伏期を経て発熱で発症し、頭痛、眼窩痛、筋肉痛、関節痛を伴う。発症3〜4日後から胸部、体幹に発疹が出現し、四肢、顔面へ広がる。これらの症状は通常、1週間程度で消失する。一方、デング出血熱では、デング熱(狭義)とほぼ同様に発症するが、発症2〜7日後の解熱し始めた頃に、血漿漏出による浮腫や胸水などの症状と点状出血、消化管出血などの出血症状が出現する。致死率は治療を受ける国の医療状況により差があるが、1〜数%といわれている。

 デングウイルスは1〜4型の4つの血清型に分類され、1つの型に感染した場合、その型に対しては終生、防御免疫を獲得するが、他の型に対する交差防御免疫は数カ月で消失し、その後は感染し得うる。デング出血熱の発症機序は未だ解明されたとはいえないが、過去に感染した型とは異なる型のウイルスに感染した時に出血熱になる危険性が高いとされている。

 デング熱(デング出血熱を含む)の発生動向については、1999年4月の感染症法の施行により、四類感染症に規定され、診断したすべての医師に届出が義務づけられている。

 感染症法のもとで2010年までに報告されたデング熱は1999年(4月〜)9例、2000年18例、2001年50例、2002年52例、2003年32例、2004年49例、2005年74例、2006年58例、2007年89例、2008年104例、2009年93例、2010年245例であった(図1)。2007年以降にやや増加を示した後、2010年は2009年の2.5倍以上と著しい増加がみられた。日本における年毎の報告数の変動は、渡航先の流行状況が反映されていると思われる。また、全数把握疾患であることへの認識の向上や、検疫所における検査体制の整備などの影響による増加も考えられる。デング出血熱は、1999年4月〜2010年に報告された873例のうち、36例(4.1%)であった。死亡の届出は2005年に1例あり、スリランカで感染したデング出血熱の日本人男性であった( IASR Vol.27, No.1, p14-15 http://idsc.nih.go.jp/iasr/27/311/kj3111.html)。死亡の報告については、感染症法下では届出は原則診断時のみとなっているため、届出以降の死亡は把握されていない可能性がある(届出医の方々には、届出後の死亡について保健所で追加修正できるよう、保健所にご連絡いただきたい)。

 都道府県別報告状況:2006〜2010年に診断され、報告された589例の都道府県別報告数は、東京都177例、大阪府61例、千葉県56例、愛知県51例、神奈川県45例、兵庫県24例、福岡県21例の順に多かった(図2)

 なお、2006年4月以降は届出を行った医療機関が把握できるようになっており、2010年までの期間における検疫所・支所からの届出は85例(成田空港38、中部空港15、関西空港30、福岡空港2)あり、この期間の報告総数581例の14.6%を占めた。

 性・年齢分布:589例の性別は男性382例、女性207例であった。年齢中央値は29歳(範囲8カ月〜90歳)〔男性では31歳(範囲8カ月〜90歳)、女性では28歳(範囲2〜78歳)〕であり、年齢群別では20代239例(40.6%)が最も多く、次いで30代126例(21.4%)、40代92例(15.6%)であった(図3)。男女別にみても、この順に多かった。デング出血熱24例に限ってみると、性別は男性17例、女性7例で、年齢中央値は32歳(範囲1〜64歳)であった。

図1. デング熱の病型別・年別報告数(1999年4月〜2010年) 図2. デング熱の都道府県別報告数(2006〜2010年) 図3. デング熱の男女別・病型別・年齢群別報告数(2006〜2010年)

 感染地域・感染国:589例の感染地域(確定または推定として報告されている)をみると、アジア539例、南米15例、オセアニア14例、中米7例、アフリカ7例、カリブ海諸国6例、中東1例で、アジアが全体の91.5%を占めた(表1)。国別ではインドネシア146例、インド90例、フィリピン83例、タイ64例、ベトナム26例、マレーシア24例、カンボジア20例が多かった(表1)。2010年に報告数が急増したが、特にインドネシア、インド、フィリピン、タイの報告が多く、カンボジア、ラオスでも増加がみられた。また、日本からの渡航者における罹患状況を把握するために、住所が日本国内のもの*574例に限ってみても、感染地域・感染国は同様の傾向であった(表2)(*住所が報告されていなかった2006年3月までは、最近数年間の主な居住地が国内と報告されたものとした。なお、逆に2006年4月からは最近数年間の主な居住地は報告されなくなったため、住所が国内の中には海外からの移住者が一部含まれている可能性もある)。

 また、デング出血熱24例に限ると、感染国は、インドネシア5例、フィリピン4例、タイ、ベトナム、ミャンマー、モルディブが各2例、インド、カンボジア、コロンビア、シンガポール、ブラジル、ベネズエラ、インドネシアまたは中国または台湾が各1例であった。24例のうち住所が日本国内の者は22例で、このうち1例はインドネシアに留学中、1例はベネズエラ在住であった。住所が国内でない2例では、1例は発病の10日前までフィリピン在住、もう1例はシンガポール在住時の感染と報告されていた。いずれも過去の感染歴に関する情報は得られていない。

 月別発生状況:報告数の急増した2010年とそれ以前に分けて、日本からの渡航者*報告例の診断月を主な感染国別にみた(*:同上)。2010年は例年に比べ報告数が大きく増加したが、報告数の多い月(季節)はそれ以前と同様の傾向であり、いずれも8〜10月が多かった(図4)。感染国別にみると、インドネシアでの感染者は年間を通じ認められており、また、インドは9〜10月、フィリピンは8〜10月、タイは8月が比較的多かった(図4)。夏休みなどの休暇を利用した渡航者の増加や、地域での流行時期などが影響していると推測された。

表1. デング熱の感染地域・感染国(2006〜2010年) 表2. 日本からの渡航者におけるデング熱の感染地域・感染国(2006〜2010年) 図4. 日本からの渡航者におけるデング熱の診断月別・感染国別報告数

 症状:届出票が疾患毎に個別のものとなり、症状の記載方法が変更された(自由記載形式から主な症状が選択形式となった)2006年4月以降に報告のあった581例の症状をみた。出血熱患者(24例)、無症状病原体保有者(1例)を除く556例では、発熱551例(99.1%)(うち、2日以上続く発熱423例)、血小板減少369例(66.4%)(うち、100,000/mm3 以下の血小板減少257例)、頭痛320例(57.6%)、白血球減少308例(55.4%)、発疹293例(52.7%)が過半数でみられ、以下、骨関節痛173例、全身の筋肉痛162例、血清蛋白の低下28例、Tourniquetテスト陽性22例、出血22例、ヘマトクリットの上昇(補液なしで、同性、同年代の者に比べ20%以上の上昇)16例、胸水5例、腹水5例が報告された。出血熱患者24例では、届出基準に基づき、2日以上続く発熱および100,000/mm3 以下の血小板減少は全例で報告され、血管透過性の亢進の指標としてはヘマトクリットの上昇(補液なしで、同性、同年代の者に比べ20%以上の上昇)7例、ショック症状5例、血清蛋白の低下18例、胸水3例、腹水4例(複数回答有り)が、また出血傾向の指標としてTourniquetテスト陽性3例、出血21例が報告された。

 診断方法:589例の診断方法(複数記載を含む)は、分離・同定による病原体検出が60例、PCR法による病原体の遺伝子の検出295例、血清IgM抗体の検出346例、ペア血清での中和試験または赤血球凝集阻止法による抗体の陽転または抗体価の有意上昇14例、またその他の方法として抗原検出35例などが報告された(表3)

 デングウイルスの血清型別は270例で報告され、年毎の血清型報告率は、2006年27/58例(46.6%)、2007年35/89例(39.3%)、2008年56/104例(53.8%)、2009年38/93例(40.9%)、2010年114/245例(46.5%)であった。血清型の内訳では1型83例、2型81例、3型80例、4型26例であった(表4)。報告されたものに限ってではあるが、主な感染国別でみると、インドネシアでは1〜4型いずれも報告され、インドでは4型の報告は1例のみで、タイでは4型の報告はなかった。フィリピンでは3型が、ラオスでは2型が多かった。また、デング出血熱24例では、11例で血清型の報告があり、1型3例(感染国はインドネシア、フィリピン、シンガポール各1例)、2型1例(ミャンマー)、3型6例(モルディブ2例、インドネシア、フィリピン、ブラジル、ベトナム各1例)、4型1例(ベネズエラ)であった。

表3. デング熱の診断方法(2006〜2010年) 表4. デング熱報告症例におけるデングウイルスの感染地域・感染国別血清型

 前述したように、異なる血清型のデングウイルスに再感染することによりデング出血熱へのリスクが高くなる可能性を考えると、渡航者への注意喚起として、感染したウイルスの血清型や地域に流行しているデングウイルス血清型を知っておくことは有用と思われるが、実際には、前者については診療には必ずしも必要でないことから実施されないことが多く、後者については流行地域でのデング熱ウイルスサーベイランスの実施状況にも左右され困難な場合が少なくないと考えられる。

 デング熱の治療としては、抗デングウイルス薬は存在せず、疾患特異的な治療法はなく、輸液や鎮痛解熱剤などの対症療法となる。鎮痛解熱剤には出血傾向やアシドーシスを助長することからデング熱の治療には禁忌とされるものもある。帰国時に発熱などの症状がある場合には検疫所に相談すること、帰国後に症状を認めた場合には速やかに医療機関を受診し、医師に渡航歴を伝えることが重要である。予防については、ワクチンは開発中であり現在使用可能ではないため、最も重要で簡便な予防法として、熱帯・亜熱帯地域への渡航に際して現地でのデング熱の流行状況を正確に把握すること、長袖・長ズボンの着用、昆虫忌避剤の使用などによって蚊に刺されないよう注意することが重要である。



IDWR 2011年第22号「速報」より掲載)


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