国立感染症研究所 感染症情報センター
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◇ 腸管出血性大腸菌感染症2009年(2010年6月30日現在)


 腸管出血性大腸菌感染症は、感染症法に基づく3類感染症として、無症状病原体保有者を含む症例の報告が診断した全ての医師に義務づけられている。無症状病原体保有者は、食品産業従事者の検便によって偶然発見される場合もあるが、探知された患者と食事を共にした者や、接触者の調査などによって発見される場合が多い。腸管出血性大腸菌感染症の報告は1996年8月6日に伝染病予防法のもとで指定伝染病に規定された時に始まっているが、以下においては、1999年4月の感染症法施行以降の報告の範囲で記述する。


■年次推移(図1

 2009年の年間報告数(診断週が2009年第1〜53週のもので、2010年6月30日までに報告されたもの)は3,889例であった。2000〜2008年の年間累積報告数(2000年3,648例、2001年4,435例、2002年3,183例、2003年2,999例、2004年3,764例、2005年3,589例、2006年3,922例、2007年4,617例、2008年4,321例)と比較すると、2007年、2001年、2008年、2006年に次いで5番目に多かった。3,889例のうち有症状者は2,607例であり、67.0%を占めた。
図1-1. 腸管出血性大腸菌感染症の年別・症状別発生状況(1999年4月〜2009年) 図1-2. 腸管出血性大腸菌感染症の年別・有症状者割合(1999年4月〜2009年)


■週別推移(季節性)(図2)

 例年、報告数の最大のピークは夏季にみられ、2009年においても8月をピークとして、7月中旬から9月中旬にかけて報告数が多かった。なお、10月(第43、44週)にみられた報告数の増加は、佐賀県の保育施設において大規模な集団感染(133例)が発生したためのものである。
図2. 腸管出血性大腸菌感染症の年別・週別発生状況(1999年第14週〜2009年)


■都道府県(報告地であり、必ずしも感染した都道府県を示すものでない)(図3)

 都道府県別にみると、福岡県(337例)、東京都(316例)、愛知県(206例)、大阪府(194例)、佐賀県(188例)、兵庫県(178例)、神奈川県(173例)の順に多く、13の都府県で年間累積報告数が100例を超えた。人口10万人当たりの罹患率でみると、佐賀県(22.1:報告数188例)、大分県(9.3:報告数111例)、石川県(8.1:報告数94例)、福岡県(6.7:報告数337例)、岡山県(6.1:報告数118例)の順に多かった。
図3. 腸管出血性大腸菌感染症の都道府県別報告数と罹患率(2009年)


■感染地域(確定または推定として報告されている)

 感染地域を国内とするものが3,840例(98.7%)、国外とするものが42例(1.1%)、不明が7例(0.2%)であった。

 国内の感染地域詳細として3,840例について内訳をみると、福岡県(303例)、東京都(221例)、大阪府(194例)、愛知県(191例)、佐賀県(181例)、兵庫県(164例)、千葉県(129例)が多かった。国内感染での比較的大きな集団発生事例としては、佐賀県の保育施設関連(133例:第43〜46週)、愛媛県の保育施設関連(46例:第22〜24週)1)、沖縄県の保育施設関連(36例:第22〜25週)、複数の都府県にまたがるステーキチェーン店関連(35例:第35〜38週)2)、大分県の保育施設関連(31例:第5〜7週)3)などがあった。

 国外の感染国の内訳は、中国13例、韓国12例、インドネシア4例、トルコ3例、ハワイ2例、イタリア/フランス2例、台湾、ネパール、ウズベキスタン、ロシア、トルコ/エジプト、渡航先不明各1例であった。

*病原微生物検出情報IASR
1)Vol.31 p164.2010 http://idsc.nih.go.jp/iasr/31/364/dj3649.html
2)Vol.31 p156-157.2010 http://idsc.nih.go.jp/iasr/31/364/dj3643.html
3)Vol.31 p162-164.2010 http://idsc.nih.go.jp/iasr/31/364/dj3648.html


■性・年齢群(図4・図5)

 性別では男性1,795例(うち有症状者1,249例、69.6%)、女性2,094例(うち有症状者1,358例、64.9%)で、年齢は0〜96歳(中央値19歳)であった。年齢群別にみると、10歳未満1,403例(0〜4歳880例、5〜9歳523例)、10代546例、20代612例、30代398例、40代233例、50代231例、60代244例、70代131例、80代75例、90代16例であった。20歳未満では男性がやや多いが、20歳以上では女性が多くなっており、年齢中央値は男性15歳、女性23歳で2008年(男性12歳、女性23歳)と同様の性差が認められた。症状別でみると、男女とも30代、40代、50代で無症状病原体保有者が多かった。有症状者の占める割合は10代79.3%、10歳未満75.8%、20代72.2%、70代以上69.8%、60代59.0%の順に大きかった。
図4. 腸管出血性大腸菌感染症の年齢群別割合(2009年) 図5. 腸管出血性大腸菌の性別・年齢群別・症状の有無別報告数(2009年)


■感染経路・感染源(確定または推定として報告されている)

 3,889例の感染経路は、経口感染1,609例(41.4%)、接触感染727例(18.7%)、経口または接触感染156例(4.0%)、動物からの感染16例(0.4%)、経口または接触または動物等からの感染5例(0.1%)、経口または動物・蚊・昆虫等(以下動物等)からの感染3例(0.1%)、その他43例(1.1%)、不明・記載なしが1,330例(34.2%)であった。その他としては、職場の定期検便・健康診断38例、実験室内感染1例、農業体験1例などが報告されていた。経口感染とされた1,773例(複数の感染経路での報告を含む)のうち、肉類の喫食が記載されていたものは538例あった。538例のうち、232例は生肉(加熱不十分の肉を含む)を喫食しており、種類として生レバー・レバ刺しが152例と多かった。


■O血清群・毒素型(表1)
 3,889例のO血清群は、O157 2,545例(65.4%)、O26 716例(18.4%)、O121 90例(2.3%)、O103とO111が81例(2.1%)の順に多く、従来O157、O26に次いで多かったO111に代わり、本年はO121が3番目に多い血清群であった4)。毒素型も加えると、O157 VT1・VT2 1,598例(うち有症状者75.2%)、O157 VT2 728例(うち有症状者63.6%)、O26 VT1 647例(うち有症状者53.9%)の順であり、これは従来と同様であった。集団発生事例では例年保育施設・幼稚園に関連したものが多く含まれているが、なかでもO26によるものが多く、2009年は12事例が確認され、そのうち30例以上の感染者(無症状病原体保有者を含む)が報告されたものが3事例あった5)

*病原微生物検出情報IASR
4)Vol.31 p168-169.2010 http://idsc.nih.go.jp/iasr/31/364/dj364d.html
5)Vol.31 p152-153.2010 http://idsc.nih.go.jp/iasr/31/364/graph/t3642j.html
表1. 腸管出血性大腸菌感染症の報告症例における原因菌の血清群と毒素型(2009年)

■重症例・死亡例(図6、表2、表3)

 2006年の4月(第13週〜)から溶血性尿毒症症候群(HUS)発症例に限り、菌が分離されなくても、便からのVero毒素(VT)検出、あるいは血清におけるO抗原凝集抗体または抗VT抗体検出によって診断されたものが、届出の対象となった。同時に届出様式が変更され、それまで任意記載であった臨床症状の報告は、主な症状が選択式となり、急性腎不全、痙攣、昏睡、脳症などが選択項目となり、これらの症状も把握されやすくなった。

 HUSは83例が報告され、有症状者の3.2%が発症していた。2006、2007、2008年の報告数(102、129、94例)および有症状者での発症率(4.1、4.2、3.3%)と比較し、いずれも下回った。性別では男性31例、女性52例であった。年齢は1〜89歳(中央値5歳)で、年齢群別では0〜4歳が37例(有症状者の5.5%)と最も多く、5〜9歳23例(同5.8%)、10〜14歳10例(同4.1%)、15〜64歳8例(同0.7%)、65歳以上5例(同2.3%)であった。例年、HUS発症例は10歳未満の小児に多くみられているが、有症状者に占めるHUS発症率でみると、2009年は5〜9歳の年齢群が0〜4歳をわずかに上回っていた。HUS発症例の診断方法は、菌分離が55例(66.3%)、菌は分離されなかったが血清でのO抗原凝集抗体検出が27例(32.5%)で、便から直接のVT検出が1例(1.2%)であった。菌が分離された55例の血清群・毒素型をみると、O157 VT1・VT2 28例、O157 VT218例などO157が計50例で全体の90.9%を占め、他にO121 VT2が3例、O111 VT1・VT2が1例、O165 VT2が1例であった。また、O抗原凝集抗体の検出により診断された27例のうち、確認できた範囲では14例がO157であった。

 死亡例の把握は届出時点で記載されていたか、または届出後に任意に追加報告されたものに限られるが、3例みられており、内訳は80代女性(O157 VT1・VT2)、80代女性(O157 VT1・VT2)、80代男性(O157 VT2)であった。報告されたHUS発症例(83例)のうち死亡例はなかった。

 なお、HUSの合併や死亡の報告については、届出時点以降での発生が十分反映されていない可能性があるので、このような発生があった場合には報告の追加、修正をお願いしている。
図6. 腸管出血性大腸菌感染症のHUS発症例の性別・年齢群別報告数(2009年) 表2. 腸管出血性大腸菌感染症のHUS発症例の年齢別報告数と有症状者に占める割合(2009年) 表3. 腸管出血性大腸菌感染症のHUS発症例における分離菌の血清群と毒素型(2009年)


■2009年のまとめ

 感染症法施行以降の年間累積報告数を2000年以降の10年間でみると、2009年は2007年、2001年、2008年、2006年に次ぐ5番目の報告数であった。2009年はステーキチェーン店と焼肉チェーン店関連で3件の広域集団感染事例が発生した。これらの事例で原因食材と考えられた結着及び漬け込み等の加工処理された角切りステーキは、腸管出血性大腸菌をはじめとした病原微生物が内部に拡大している恐れがあり、喫食の際には、中心部までの十分な加熱調理が必要である。また、保育施設・幼稚園での集団感染事例が従来と変わらず各地で発生がみられた。

 HUS発症例は83例(2004年48例、2005年42例、2006年102例、2007年129例、2008年94例)で、HUS発症者の届出基準が改正された2006年以降の過去3年の報告数と比べて少なく、死亡の報告数は3例(1999年1例、2000年2例、2001年4例、2002年4例、2003年2例、2004年5例、2005年10例、2006年3例、2007年4例、2008年8例)で、過去2年と比べて少なかった。小児や高齢者において、HUSなどの重症例や死亡例が多くみられており、特に10歳未満の小児は報告数が多く、HUS発症率は成人(15〜64歳)の約7.6倍であった。感染源・感染経路として、83例中13例(16%)で生肉(ユッケ、レバー、牛刺し、加熱不十分な肉等)の喫食が記載されており、13例中11例は小児で、うち3例は5歳未満であった。

 感染経路や感染源の推定・確定は、本症の潜伏期間が2〜14日と比較的長いこともあり、はっきりしないことも多いが、近年生肉や生レバーが感染源と見られる届出も多く認められている。特に小児、高齢者や抵抗力の弱い者などでは、肉・レバーなどはよく加熱し、生食は控える必要がある。食品の取り扱いには十分注意して、食中毒の発生予防を徹底するとともに、手洗いの励行などにより、ヒトからヒトへの二次感染を予防することが大切である。最近では自治体をまたいだ広域発生事例も散見されており、食材・食品の流通という観点も併せ、事例調査と対策における自治体間の連携は、本疾患の対策上今後ますます重要と考える。また、保育園や幼稚園などの保育施設での集団感染事例があとを絶たない。1人では手指衛生を十分に行えない乳幼児が集団生活を営む保育施設では特に、感染症発生の早期探知と二次感染予防を含めた拡大防止策の徹底が重要である。


■2010年暫定報告数(2010年7月28日現在)

 報告数は1,562例で、うちHUS発症例は34例、死亡2例〔2歳男性(HUS発症)、90代男性〕である。




IDWR 2010年第29号「速報」より掲載)



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