国立感染症研究所 感染症情報センター
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◇ 腸管出血性大腸菌感染症2010年(2011年7月29日現在)


 腸管出血性大腸菌感染症は、感染症法に基づく3類感染症として、無症状病原体保有者を含む症例の報告が診断した全ての医師に義務づけられている。無症状病原体保有者は、食品産業従事者の検便によって偶然発見される場合もあるが、探知された患者と食事を共にした者や、接触者の調査などによって発見される場合が多い。腸管出血性大腸菌感染症の報告は1996年8月6日に伝染病予防法のもとで指定伝染病に規定された時に始まっているが、以下においては、1999年4月の感染症法施行以降の報告の範囲で記述する。


■年次推移(図1

 2010年の年間報告数(診断週が2010年第1〜52週のもので、2011年7月29日までに報告されたもの)は4,134例であった。2000〜2009年の年間累積報告数(2000年3,648例、2001年4,435例、2002年3,183例、2003年2,999例、2004年3,764例、2005年3,589例、2006年3,922例、2007年4,617例、2008年4,321例、2009年3,889例)と比較すると、2007年、2001年、2008年に次いで4番目に多かった。4,134例のうち有症状者は2,719例であり、65.8%を占めた。
図1-1. 腸管出血性大腸菌感染症の年別・症状別発生状況(1999年4月〜2010年) 図1-2. 腸管出血性大腸菌感染症の年別・有症状者割合(1999年4月〜2010年)


■週別推移(季節性)(図2)

 例年、報告数の最大のピークは夏季にみられ、2010年においても8月をピークとして、7月中旬から9月中旬にかけて報告数が多かった。なお、6月上旬(第22〜24週)にみられた報告数の増加は、三重県の中学・高校(同系列)で大規模な食中毒(189例)が発生したことによるものである。
図2. 腸管出血性大腸菌感染症の年別・週別発生状況(1999年第14週〜2010年)


■都道府県(報告地であり、必ずしも感染した都道府県を示すものでない)(図3)

 都道府県別にみると、三重県(350例)、東京都(339例)、福岡県(314例)、大阪府(258例)、愛知県(237例)、北海道(201例)、兵庫県(188例)の順に多く、12の都道府県で年間累積報告数が100例を超えた。人口10万人当たりの罹患率でみると、三重県(18.9:報告数350例)、岩手県(10.2:報告数136例)、佐賀県(6.4:報告数54例)、秋田県(6.4:報告数69例)、福岡県(6.2:報告数314例)の順に多かった。
図3. 腸管出血性大腸菌感染症の都道府県別報告数と罹患率(2010年)


■感染地域(確定または推定として報告されている)

 感染地域を国内とするものが4,093例(99.0%)、国外とするものが30例(0.7%)、不明が11例(0.3%)であった。

 国内の感染地域詳細として4,093例について内訳をみると、三重県(356例)、福岡県(271例)、大阪府(214例)、東京都(207例)、愛知県(203例)、北海道(195例)、兵庫県(151例)、岩手県(133例)が多かった。国内感染での比較的大きな集団発生事例としては、三重県の中学・高校(同系列)で起きた食中毒(189例:第22〜24週)、三重県の福祉施設関連(38例:第35〜37週)、長野県の親水施設および保育施設関連(31例:第30〜35週)1)、北海道の施設関連(28例:第12〜14週)、福岡県の保育施設関連(27例:第23〜24週)、栃木県の夏祭り関連(22例:第32〜34週)2)などがあった。

 国外の感染国の内訳は、韓国9例、中国3例、インドネシア、ベトナム、トルコ、ブラジル各2例、インド、エジプト、エチオピア、ケニア、スペイン、米国(本土)、ハワイ、ニューカレドニア、ミクロネシア、タイ/ベトナム各1例であった。


■性・年齢群(図4・図5)

 性別では男性1,911例(うち有症状者1,295例、67.8%)、女性2,223例(うち有症状者1,424例、64.1%)で、年齢は0〜100歳(中央値20歳)であった。年齢群別にみると、10歳未満1,279例(0〜4歳775例、5〜9歳504例)、10代721例、20代635例、30代493例、40代245例、50代279例、60代222例、70代152例、80代88例、90代以上20例であった。20歳未満では男性がやや多いが、20歳以上では女性が多くなっており、年齢中央値は男性17歳、女性24歳で従来と同様の性差が認められた(例、2009年男性15歳、女性23歳)。症状別でみると、男女とも30代、40代、50代で無症状病原体保有者が多かった。有症状者の占める割合は10歳未満80.5%、70代以上75.4%、10代73.6%、20代63.6%、60代57.7%の順に大きかった。
図4. 腸管出血性大腸菌感染症の年齢群別割合(2010年) 図5. 腸管出血性大腸菌の性別・年齢群別・症状の有無別報告数(2010年)


■感染経路・感染源(確定または推定として報告されている)

 4,134例の感染経路は、経口感染1,804例(43.6%)、接触感染626例(15.1%)、経口または接触感染91例(2.2%)、動物・蚊・昆虫等(以下動物等)からの感染11例(0.3%)、経口または接触または動物等からの感染6例(0.1%)、経口または動物等からの感染3例(0.1%)、接触または動物等からの感染1例(0.02%)、その他20例(0.5%)、不明・記載なしが1,572例(38.0%)であった。その他としては、職場の定期検便・健康診断9例、実験室内感染1例などが報告されていた。経口感染とされた1,904例(複数の感染経路での報告を含む)のうち、肉類の喫食が記載されていたものは598例あった。598例のうち、289例は生肉(加熱不十分の肉を含む)を喫食しており、その種類として生レバー・レバ刺しが156例と多かった。
■O血清群・毒素型(表1)

 4,134例のO血清群は、O157 2,885例(69.8%)、O26 581例(14.1%)、O103 105例(2.5%)、O111 89例(2.2%)、O91 78例(1.9%)の順に多く、O157、O26に次いで昨年はO121が多かったが、本年はO103が3番目に多い血清群であった。毒素型も加えると、O157 VT1・VT2 1,683例(うち有症状者73.8%)、O157 VT2 943例(うち有症状者59.6%)、O26 VT1 520例(うち有症状者57.7%)の順であり、これは従来と同様であった。集団発生事例は、三重県で中学・高校(同系列)や福祉施設内でのO157集団感染(食中毒を含む)、複数の自治体で保育施設内におけるO26集団感染など、10例以上の感染者(無症状病原体保有者を含む)が報告されたものが13事例あった3)。この他にも、愛知県で牛生レバーを原因とするO157の食中毒が複数事例4)報告されている。

表1. 腸管出血性大腸菌感染症の報告症例における原因菌の血清群と毒素型(2010年)
■重症例・死亡例(図6、表2、表3)

 2006年の4月(第13週〜)から溶血性尿毒症症候群(HUS)発症例に限り、菌が分離されなくても、便からのVero毒素(VT)検出、あるいは血清におけるO抗原凝集抗体または抗VT抗体検出によって診断されたものが、届出の対象となった。同時に届出様式が変更され、それまで任意記載であった臨床症状の報告は、主な症状が選択式となり、急性腎不全、痙攣、昏睡、脳症などが選択項目となり、これらの症状も把握されやすくなった。

 HUSは92例が報告され、有症状者の3.4%が発症していた。2006〜2009年の年間報告数(102、129、94、83例)および有症状者での発症率(4.1、4.2、3.3、3.2%)と比較し、2008年と同様であった。性別では男性36例、女性56例であった。年齢は0〜91歳(中央値5歳)で、年齢群別では0〜4歳が45例(有症状者の7.2%)と最も多く、5〜9歳15例(同3.7%)、10〜14歳6例(同2.4%)、15〜64歳13例(同1.1%)、65歳以上13例(同4.9%)であった。例年、HUS発症例は10歳未満の小児に多くみられているが、有症状者に占めるHUS発症率でみると、2010年は0〜4歳の年齢群が7.2%で最も高く、次いで高かったのは65歳以上の年齢群(4.9%)であった。HUS発症例の診断方法は、菌分離が62例(67.4%)、菌は分離されなかったが血清でのO抗原凝集抗体検出が28例(30.4%)で、便から直接のVT検出が2例(2.2%)であった。菌が分離された62例の血清群・毒素型をみると、O157 VT1・VT2 31例、O157 VT2 18例などO157が計55例で全体の88.7%を占め、他にO121 VT2が2例、O26 VT1が1例、O111 VT1・VT2が1例、O145 VT2が1例、O不明 VT1・VT2が1例、O不明VT不明が1例であった。また、O抗原凝集抗体の検出により診断された28例のうち、確認できた範囲では19例がO157、1例はO165であった。HUSを発症した92例中8例(0〜4歳4例、15〜64歳2例、65歳以上2例)では脳症も報告されており、他にHUS未発症で脳症発症が報告されていた患者も1例(80代)いた。

 死亡例の把握は届出時点で記載されていたか、または届出後に任意に追加報告されたものに限られるが、5例みられており、内訳は2歳男性(O157 VT1・VT2、HUS)、60代女性(O157 VT不明、HUS)、70代男性(O不明VT不明、HUS)、70代女性(O157 VT1・VT2)、90代男性(O157 VT1・VT2)であった。報告されたHUS発症例(92例)の致死率は3.3%であった。

 なお、HUSの合併や死亡の報告については、届出時点以降での発生が十分反映されていない可能性があるので、このような発生があった場合には報告の追加、修正をお願いしている。
図6. 腸管出血性大腸菌感染症のHUS発症例の性別・年齢群別報告数(2010年) 表2. 腸管出血性大腸菌感染症のHUS発症例の年齢群別報告数と有症状者に占める割合(2010年) 表3. 腸管出血性大腸菌感染症のHUS発症例における分離菌の血清群と毒素型(2010年)


■2010年のまとめ

 感染症法施行以降の年間累積報告数を2000年以降の11年間でみると、2010年は2007年、2001年、2008年に次ぐ4番目の報告数であった。2010年は同系列の中学・高校における大規模食中毒が発生した。また、愛知県内を中心として、6〜7月に牛生レバーを推定原因とするO157の食中毒事例が多発した。菌株の分子疫学解析では、関連は不明であるがその食中毒原因菌株と同一遺伝子パターンを有する菌株が、その後数カ月にわたって関東・東海・中部地方から複数分離されていた5)。また、保育施設・幼稚園での集団感染事例も、従来と変わらず各地で発生がみられた。

 HUS発症例は92例(2004年48例、2005年42例、2006年102例、2007年129例、2008年94例、2009年83例)で、HUS発症者の届出基準が改正された2006年以降の過去4年の報告数と比べると2009年に次いで少なかった。死亡の報告数は5例(1999年1例、2000年2例、2001年4例、2002年4例、2003年2例、2004年5例、2005年10例、2006年3例、2007年4例、2008年8例、2009年3例)であった。小児や高齢者において、HUSなどの重症例や死亡例が多くみられており、特にHUSは10歳未満の小児で報告数が多く、全HUS発症者の65%を占めた。また、HUS発症率でみると、2006年以降3%に満たなかった65歳以上のHUS発症率が、本年は4.9%と高かった。感染源・感染経路として、92例中8例(8.7%)で生肉(ユッケ、レバー、牛刺し、加熱不十分な肉等)の喫食が記載されており、8例中6例は小児で、うち5例は5歳未満であった。

 感染経路や感染源の推定・確定は、本症の潜伏期間が2〜14日と比較的長いこともあり、不明瞭なことも多いが、近年生肉や生レバーが感染源と見られる届出も多く認められている。特に小児、高齢者や抵抗力の弱い者などでは、肉・レバーなどはよく加熱し、生食は控える必要がある。食品の取り扱いには十分注意して、食中毒の発生予防を徹底するとともに、手洗いの励行などにより、ヒトからヒトへの二次感染を予防することが大切である。最近では自治体をまたいだ食中毒を含む広域発生事例も散見されている。食材・食品の流通という観点も併せ、速やかな探知とそれに続く迅速な事例調査、さらに関連自治体間の連携は、本疾患の対策上今後ますます重要と考える。また、保育園や幼稚園などの保育施設での集団感染事例があとを絶たない。1人では手指衛生を十分に行えない乳幼児が集団生活を営む保育施設では特に、感染症発生の早期探知と二次感染予防を含めた拡大防止策の徹底が重要である。


■2011年暫定報告数(2011年9月14日現在)

 報告数は2,950例で、うちHUS発症例は84例、死亡13例である。


参照:病原微生物検出情報IASR
1)Vol.32 p132-133.2011 http://idsc.nih.go.jp/iasr/32/375/dj3757.html
2)Vol.32 p130-131.2011 http://idsc.nih.go.jp/iasr/32/375/dj3754.html
3)Vol.32 p126. 2011 http://idsc.nih.go.jp/iasr/32/375/graph/t3752j.gif
4)Vol.32 p129-130. 2011 http://idsc.nih.go.jp/iasr/32/375/dj3753.html
5)Vol.32 p128-129. 2011 http://idsc.nih.go.jp/iasr/32/375/dj3752.html





IDWR 2011年第36号「速報」より掲載)



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