国立感染症研究所 感染症情報センター
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◇ A型肝炎 2010年第1〜28週(2010年7月21日時点)


 A型肝炎は1987年に感染症サーベイランス事業の対象疾患に加えられ、全国約500カ所の病院定点からの月単位の報告による発生動向調査が開始された。その後1999年4月の感染症法施行より、急性ウイルス性肝炎の一部として全数把握疾患となり、診断した全ての医師に届出が義務づけられるようになった。さらに、2003年11月5日からは感染症法の改正によって、単独疾患として四類感染症に分類され、現在は無症状病原体保有者を含む全診断症例の届出が義務付けられている。

 A型肝炎ウイルス(HAV)による感染で、一過性の急性肝炎をきたすA型肝炎は、2〜7週間(平均4週間)の潜伏期間ののち、発熱、全身倦怠感、食思不振、悪心・嘔吐、黄疸などの症状を起こす。特異的治療はなく、治療法は安静や対症療法が中心であるが、多くは1〜2カ月の経過で回復し慢性化せず、治癒後には強い免疫が残される。しかし、まれに劇症化(0.1%)して死亡することがある。小児では不顕性感染が80〜95%と多いため、時に無症状のまま集団発生の感染源となることもあるが、成人では顕性感染が75〜90%と多い。通常、年齢が上がるに従い重症度も上昇し、A型肝炎の症例全体の致死率は0.1〜0.3%であるが、50歳以上では1.5%に達する。

 HAVは糞便中に排泄され糞口感染によって伝播する。HAVの糞便中への排出は感染して2週間以降に始まり、発症時にピークを迎え、発症後は1週間以内に激減する。A型肝炎の発生状況は衛生環境に左右され、衛生環境の未整備な途上国では10歳までにほぼ100%が感染して、無症状のまま抗体を保有するといわれている。日本では、糞便で汚染された水や食事による大規模な集団発生は稀であり、感染経路としては、魚介類の生食などによる経口感染や、性的接触などが報告されている。魚介類が原因と推定された食中毒事例や、飲食店における集団感染事例が少なからずみられている(参考情報1,2)。一方、衛生環境が日本と似た状況にある欧米諸国でも、生鮮食品・半乾燥食品・冷凍食品を介した数百人規模の集団発生が報告されている。

 予防法としては、汚染された水や食材を口にしないこと、A型肝炎と診断された患者と接する際には適切な糞便処理や手指衛生を心がけることなどが挙げられる。さらに魚貝類は、85〜90℃で少なくとも4分間の加熱または、90秒蒸すようにする1)。予防としてのA型肝炎ワクチンは、日本では1995年から16歳以上を対象に任意の予防接種として使用されており、希望すれば国内の医療機関で接種を受けられる。主に途上国への渡航者ワクチンとして使用されており、一般住民が広く接種している状況ではない。実際に、我が国の過去の血清疫学調査によると、2010年現在では55歳未満の年齢層はほとんど抗体を保有していないものと考えられ、重症化リスクが高い年齢層に抗体を保有していない者が増加しつつある。重症患者の増加や家族内発生や集団感染への注意が必要である。

 2010年のA型肝炎の報告数は、第10週以降急増した。2006〜2009年の週別報告数から算出した、週別平均報告数3.68、標準偏差(幾何平均によるもの)2.37より、週毎の報告数のベースラインを6前後と設定したところ、第10、11週に2週連続してこれを超える症例が報告された(図1)。これを受け、中央感染症情報センターでは、2010年3月26日、厚生労働省健康局結核感染症課・医薬食品局監視安全課を通じて「A型肝炎のDiffuse Outbreakに関する注意喚起情報」を全国の自治体に周知し、疫学的調査とPCR検査のための検体確保について協力を促す「アラート体制」をとった。第10週以降は、第13週の27例をピークにいったん減少傾向となったが、第18〜19週は再び報告数の増加を認めた。しかし、第22週以降は週当たり報告数が10例未満で推移し、第26〜27週は連続してベースラインを超えない報告数となったため、第27週に前述のアラート体制を解除と判断した。

 2010年第28週までのA型肝炎の累積報告数は268例であり、そのうち236例(88%)が第10週〜28週の症例である。全体の年齢中央値は47歳(5〜88歳)、性別では男性153例(57%)、女性115例(43%)であり、246例(92%)が国内感染と推定または確定として報告された(図1、2)。劇症肝炎は268例中7例(3%)あり〔40代(1例)、50代(3例)、60代(3例)〕、うち60代の1例が死亡した。

図1. A型肝炎の週別報告数(2010年第1〜28週) 図2. A型肝炎の年齢別性別報告数(2010年第1〜28週)

 第10〜28週の236例についてに示した。236例の年齢中央値は48歳(5〜88歳)で、性別では男性138例(58%)、女性98例(42%)で男性が多かった。経口感染と推定された199例(84%)のうち、58例(199例中29%)にカキ喫食の記載が認められた。診断は、血清IgM抗体検査のみによるものが223例(94%)で、PCR法によるウイルス検出は、IgMを併用したものを合わせると13例(6%)であった。報告症例の住所地は、広島県26例、東京都25例、福岡県23例の順に多かったが、都道府県別人口百万対報告数で比較すると、広島県9.08、佐賀県8.22、富山県7.31の順であった(図3)

表. A型肝炎報告例の臨床像と感染経路(2010年第10〜28週) 図3. A型肝炎報告数の住所地都道府県別百万対報告数(2010年第10〜28週)

 A型肝炎は潜伏期が長いことから、聞き取りによる食材などの感染源についての遡り調査は非常に困難であり、感染源の共通性をみるためには、ウイルス学的検査による分子疫学的手法を用いた集団発生の確認が極めて重要となる。注意喚起以降、自治体との協力のもと、多くの検体でPCR検査が行われ、分子疫学的な解析が行われた。現在、その結果については、食品安全部食中毒被害情報管理室が運用する食中毒調査支援システム(NESFD)上で、都道府県等の本庁、保健所、地方衛生研究所等との情報共有が図られている。今回は、原因食材まで特定することはできなかったものの、今後、A型肝炎の広域集団発生が疑われた場合の対応を取る際に、円滑な積極的疫学調査や検体確保・検査実施と結果の共有につながる各関係部局の協力体制が整えられたことは、大きな収穫であったと思われる。


【文献】
1)Control of Communicable Diseases Manual 19th Ed.

【参考情報1】
●注目すべき感染症:A型肝炎2010年第1〜13週(2010年4月7日現在)
http://idsc.nih.go.jp/idwr/douko/2010d/13douko.html#chumoku1
●病原微生物検出情報(IASR)特集:急性ウイルス性肝炎1999.4〜12
http://idsc.nih.go.jp/iasr/21/242/tpc242-j.html
●病原微生物検出情報(IASR)特集:A型肝炎・E型肝炎2002年9月現在
http://idsc.nih.go.jp/iasr/23/273/tpc273-j.html
●速報:A型肝炎2004年 感染症週報2005年第6週:第7巻第6号
http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/idwr/idwr2005/idwr2005-06.pdf
●速報:A型肝炎2005年 感染症週報2006年第20週:第8巻第20号
http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/idwr/idwr2006/idwr2006-20.pdf
●速報:A型肝炎2006〜2008年 感染症週報2009年第12週:第11巻第12号
http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/idwr/idwr2009/idwr2009-12.pdf
●感染症の話:A型肝炎 感染症週報2004年第14週:第6巻第14号
http://idsc.nih.go.jp/idwr/kansen/k04/K04_14/k04_14.html

【参考情報2】
●病原微生物検出情報(IASR)「A型肝炎患者(寿司店主)が感染源と思われるA型肝炎ウイルスによる食中毒−岐阜県」
http://idsc.nih.go.jp/iasr/23/268/kj2683.html
●病原微生物検出情報(IASR)「大アサリの喫食を原因とするノーウォーク様ウイルスとA型肝炎ウイルスによる食中毒事例−浜松市」
http://idsc.nih.go.jp/iasr/23/267/kj2672.html
●病原微生物検出情報(IASR)「A型肝炎ウイルス(HAV)による食中毒2事例について−東京都」
http://idsc.nih.go.jp/iasr/23/273/dj2731.html
●病原微生物検出情報(IASR)「A型肝炎ウイルスによる食中毒事例−新潟市・新潟県」
http://idsc.nih.go.jp/iasr/27/317/pr3171.html



IDWR 2010年第28号「速報」より掲載)



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