国立感染症研究所 感染症情報センター
Go to English Page
ホーム疾患別情報サーベイランス各種情報
◆ インフルエンザA(H1N1)pdmによる急性脳炎−4(2010年9月29日現在)


 インフルエンザ脳症・脳炎(以下インフルエンザ脳症)は、2004年3月より、感染症法に基づく五類感染症の全数届出疾患である「急性脳炎」に含まれるものとして、診断したすべての医師に診断から7日以内に届け出ることが義務づけられている(急性脳炎の届出基準:http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-03.html)。インフルンザ脳症の診断については、厚生労働科学研究「インフルエンザ脳症の発症因子の解明と治療及び予防方法の確立に関する研究(研究代表者:森島恒雄)」班により診断基準が示されているところであるが、感染症法に基づく急性脳炎の届出はその届出基準に基づき行われている。

 これまで、感染症週報(IDWR)上において、日本国内におけるインフルエンザウイルスH1N1(2009)〔以下H1N1(2009):今回より、A(H1N1)pdmの表記をH1N1(2009)に変更〕によるインフルエンザ脳症に関する情報を迅速に明らかにすることを目的として、第1報〜第3報で公開してきたが(2009年第41週http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/idwr09week41.html、2009年第45週http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/idwr09week45.html、2010年第3週http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/idwr10week03.html)、いわゆる2009/10インフルエンザシーズンが2010年第35週で終了したことに伴い、今回は昨シーズンまでのまとめとして報告したい。内容には、感染症法に基づく届出内容のみでは得られない情報について、関係する公衆衛生機関(地方感染症情報センターや保健所等)および医療機関に対して再度情報提供を依頼して得られた結果についての報告も含まれている。H1N1(2009)によるインフルエンザ脳症の臨床的な重要性はもちろん、公衆衛生学的な重要性へご理解を頂き、多忙な日常業務のなかで情報提供および調査の円滑な遂行等にご協力いただいた方々にあらためて深謝する。

 2007年以降のインフルエンザの定点当たり報告数とインフルエンザ脳症の報告数の推移をみると、この両者の推移は例年概ね同様の傾向を示していることが分かる(図1)。年別のインフルエンザ脳症の総報告数およびインフルエンザウイルスの型別報告数は、表1のようになっており、A型によるものが大半を占め、特に2009年第28週以降は、H1N(I 2009)によるインフルエンザ脳症が97%以上を占めているが、これはその年に流行の主流となる型の状況を反映していると思われる。

図1. インフルエンザウイルス型別インフルエンザ脳症報告数及びインフルエンザ定点当たり報告数の推移(2007〜2010年第35週)

表1. 年別・インフルエンザウイルス型別インフルエンザ脳症報告数(2007〜2010年第35週)

 型が判明している症例について、型別に年齢群別報告数をまとめると(図2)、各型とも10歳未満の症例が多くの割合を占めており、A型80%(n=80)、B型81%(n=13)、H1N1(2009)72%(n=231)であった。また、型別の死亡例の割合は、A型13%(n=13)、B型0%(n=0)、H1N1(2009)4%(n=12)であり、新型インフルエンザによる脳症では、従来の季節性インフルエンザと比較して死亡例が少なかったが、これには、新型インフルエンザに対して、医師をはじめ社会的な関心が高かったため軽症の患者もより受診する傾向にあった、さらに届出の頻度も増していた、H1N1(2009)ウイルスそのものの病原性によるものであった、などの原因が考えられるが、これらを明らかにするにはさらなる研究が必要である。

図2. インフルエンザウイルス型別・年齢群別インフルエンザ脳症報告数(2007〜2010年第35週)



 2007年、2008年、2009年第1〜27週、2009年第28週〜2010年第35週の各期間でインフルエンザ脳症の人口百万対発症者割合を年齢群別に求めると図3のようになり、2007年、2008年、2009年第1〜27週の期間では、年齢群別の発症者割合は0〜4歳で最も高く、以後低くなるという、同様の傾向を示していた。一方で、新型インフルエンザによる脳症が主体であった2009年第28週以降の期間では、それ以前の期間に比べ、全ての年齢群、特に29歳以下の年齢群で高い発症者割合を示しているだけではなく、5〜9歳の年齢群で最も顕著に発症者割合が高いことが特徴的である。これは、これまでにも報告したように(注目すべき感染症「インフルエンザ」2010年第10号http://idsc.nih.go.jp/idwr/douko/2010d/10douko.html#chumoku1)、新型インフルエンザの患者が5〜9歳の年齢群で最も多かったことによると思われる。

図3. インフルエンザ脳症の年別・年齢群別人口百万対発症割合(2007〜2010年第35週)


 感染症法に基づく感染症発生動向調査における急性脳炎(脳症)の届出においては、意識障害の持続時間などの臨床経過や治療内容の情報を求めているものではない。しかし、新型インフルエンザの重要な臨床像のひとつである脳症について、それらの情報を明らかにすることは、現在臨床の場で治療にあたる医療従事者のみならず、多くの国民や保健行政担当者にとっても重要であると思われる。そのため、国立感染症研究所感染症情報センターでは、2009年第28週から2010年第13週までの間にA型インフルエンザウイルス〔H1N1(2009)を含む〕による脳症として届出のあった症例について、各都道府県を通じて基礎疾患の有無、臨床経過等の詳細について追加調査を行った。2010年6月30日までに239例についての回答が得られたが、そのうち、RT-PCR法によってH1N1(2009)感染が確認された220例の急性脳症の症例についての調査結果を記述する(表2、表3)

表2. インフルエンザウイルスH1N1(2009)による脳症220例の臨床像(背景、症状、検査所見)

表3. インフルエンザウイルスH1N1(2009)による脳症220例の臨床像(治療、合併症、転帰)

【症例の背景】
 220例の年齢分布は0〜70歳(中央値7歳)であり、男性136例(62%)、女性84例(38%)である。102例(47%)に基礎疾患や既往歴を認め、その内訳は熱性けいれん46例(45%)、気管支喘息29例(28%)などであった。気管支喘息29例のうち現在治療薬の投与が行われているのは8例(28%)であり、そのうちテオフィリン製剤が投与されていたのは1例のみであった。

 2008/09シーズンの季節性インフルエンザワクチン接種に関する情報が得られた120例のうち、接種なしが97例(81%)、1回接種後が14例(12%)、2回接種後が9例(8%)であった。新型インフルエンザワクチン接種に関する情報が得られた125例のうち、接種なしが116例(93%)、1回接種後が7例(6%)、2回接種後が2例(2%)であった。

【症状】
 全例に意識障害を認めた。発熱から意識障害出現までの期間は0日(同日)が63例(29%)、1日が113例(51%)、2日が22例(10%)、3日が4例(2%)、4日が5例(2%)であったが、5日以降との回答も9例(4%)認めた(中央値1日)。3例(1%)では発熱と意識障害の時間関係が不明であり、1例(0.5%)は発熱の1日前に意識障害をきたしていた。

 意識障害の程度は218例で判定可能であり、Japan Coma Scale(JCS)20以上が139例(64%)、JCS10が29例(13%)、JCS10未満が50例(23%)であった。意識障害の持続時間が記載されていた213例中では、48時間以上が72例(34%)、24〜48時間が36例(17%)、12〜24時間が53例(25%)、12時間未満が52例(24%)であった。また、意識障害の程度と持続時間が共に記載されている211例をみると、JCS10未満では意識障害の持続時間が12時間未満の症例が33%(16例)を占めるのに対して、JCS20以上の症例では、その持続時間が48時間以上の症例が40%(54例)を占めていた(表4)

表4. インフルエンザウイルスH1N1(2009)による脳症の意識障害の持続時間と障害の程度(n =211)

 けいれんは218例中116例(53%、年齢0〜40歳、中央値6歳)に認められ、うち50例はけいれん重積を認めた。異常行動や異常言動は218例中138例(63%、年齢1〜70歳、中央値8歳)に認められた。

【検査】
 脳症に関した検査として脳波検査が施行されていたのは179例で、うち131例(73%)で高振幅徐波などの所見を認めていた。頭部CT検査または頭部MRI検査が施行されていた218例のうち、いずれかの検査で何らかの所見を認めたのは115例(53%)であった。頭部CT検査では脳浮腫を認めた症例が多く、予後不良例では視床や脳幹に低吸収域を認めた症例もあった。頭部MRIではT2強調画像や拡散強調画像で脳梁膨大部などに高信号領域を認めたとの回答が複数例あった。脳波検査と頭部画像検査(CTまたはMRI)が施行された179例のうち、いずれにも異常所見を認めなかった症例は26例(15%)であった。髄液検査は147例で施行されたとの記載があり、うち22例(15%)で異常所見(髄液中の細胞数増多、糖低下、蛋白上昇など)ありと報告された。1例で髄液RT-PCR検査でH1N1(2009)が検出されていた(http://idsc.nih.go.jp/iasr/31/359/kj3591.html)。

【治療】
 218例(99%)に対して抗インフルエンザウイルス薬が投与されており、その内訳はオセルタミビル150例(69%)、ザナミビル31例(14%)で、37例(17%)ではこの2剤が短期間もしくは全期間で併用されていた。発熱から抗インフルエンザウイルス薬投与までの期間が判明した209例の内訳は-1日(前日)が1例(0.5%)、0日(同日)が76例(36%)、1日が106例(51%)、2日が20例(10%)、3日以降が6例(3%)であった(中央値1日)。意識障害から抗インフルエンザ薬投与までの期間が判明した207例のうち、意識障害が出現する前日までに抗インフルエンザウイルス薬の投与が開始されていたのは48例(23%)、意識障害が出現した日に投与が開始されたのは133例(64%)、意識障害出現日以降に投与が開始されたのは26例(13%)であった。意識障害出現日に投与が開始された133例のうち、意識障害との前後関係を確認し得た66例では、意識障害出現前に投与が開始されていたのは26例(39%)、意識障害出現後の投与開始は40例(61%)であった。さらに、薬剤別にみると、オセルタミビル投与例(150例)では意識障害出現と投与開始日の関連が判明した142例のうち、意識障害の前日までの投与開始が21例(15%)、意識障害出現当日の投与開始が97例(68%)、翌日以降の投与開始が24例(17%)であった。ザナミビル投与例(31例)では意識障害出現と投与開始日の関連が判明した29例のうち、意識障害出現の前日までの投与開始が13例(45%)、当日の投与開始が16例(55%)であった。両剤が投与されていた37例のうち、オセルタミビルが先に開始されたのは6例(16%)、ザナミビルが先に開始されたのは15例(41%)、どちらが先に開始されたか不明(もしくは同時に開始)であったのは16例(43%)であった。解熱剤は記載のあった216例中118例(55%)で使用されていた。そのうち111例(94%)に対してアセトアミノフェンが投与され、イブプロフェン2例(2%)、スルピリン1例(1%)、不明4例(3%)であった。

 インフルエンザ脳症に対する治療としてステロイドパルス療法が183例(83%)と多くの症例で行われており、他にγグロブリン療法(86例、39%)、脳低体温療法(21例、10%)などが行われていた。32例(15%)ではこれらのいずれも行われていなかった。人工呼吸器は54例(25%)で使用されていた。

【合併症、転帰】
 合併症についての回答が得られた217例中62例(29%)において脳症以外の合併症が認められていた。その内訳は肺炎36例(58%)、気管支炎5例(8%)、気管支喘息発作5例(8%)、多臓器不全4例(6%)などとなっていた。

 転帰についての回答が得られた219例のうち、死亡13例(6%)、後遺症ありが27例(12%)、治癒・軽快が179例(82%)となっていた。

 入院日数についての情報が得られた189例(死亡例は除く)の入院日数は2〜134日(中央値9日)であった。後遺症をきたした27例のうち26例(96%)において精神神経障害を認めたが、18例(67%)では身体障害(運動麻痺、失調など)が認められた。死亡例13例(1〜56歳、中央値5歳)の発熱から意識障害出現までの日数は0〜3日(中央値1日)、発熱から死亡までの日数は1〜47日(中央値3日)であった。

 以上のように、多くの症例ではインフルエンザ発症後比較的早期に脳症の症状が発現しており、抗インフルエンザウイルス薬やステロイドパルス療法を中心とした治療が行われて82%が軽快しているものの、中には後遺症を残す症例や死亡に至る症例も認められた。2010/11シーズンにおいても、インフルエンザ脳症に対して注意深く対応していく必要がある。



IDWR 2010年第41号「速報」より掲載)


Copyright ©2004 Infectious Disease Surveillance Center All Rights Reserved.