報告書 資料集
  (資料1−9)

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資料1 麻疹の臨床

1) 麻疹の臨床症状
  麻疹の潜伏期間(ウイルス曝露から症状発現)は通常10日前後であり、発熱、カタル症状、結膜充血が数日間持続した後、頬粘膜における特徴的なコプリック斑が現れる。その1-2日後から顔面に発疹が出現し始め、その後全身性の特徴的な発疹が出現し、高熱が数日間持続する。重症化しなければ症状発現7〜10日後に回復していく。

2)麻疹の臨床経過
 i)前駆期〈カタル期〉:(2〜4日間)
  通常麻疹感受性者が麻疹ウイルスに感染すると、10日前後(8〜12日)の潜伏期間を経て前駆期(カタル期)として発症する。この時期には38〜39℃の発熱が続き、倦怠感、上気道炎症状、結膜炎症状が出現し、次第に増強する。乳幼児では下痢、腹痛等の腹部症状を伴うことが多い。発疹が出現する2日前頃には頬粘膜に、やや隆起し紅暈に囲まれた約1mm径の白色小斑点(コプリック斑)が出現する。コプリック斑は麻疹に特異的であり、診断的価値が高いが、発疹出現の2日前頃に出現し、発疹出現後2日以内に急速に消退する。また口腔粘膜は発赤し、口蓋部には粘膜疹がみられ、しばしば溢血斑を伴うことがある。カタル期に次いで、発疹期となる。

 ii)発疹期:(3〜5日間)
  カタル期の発熱が一旦下降(1℃程度)したあと、半日位後に再び高熱(多くは39.5℃以上)を発すると共に、疾患特異的な発疹が耳介後部、頚部、前額部より出現し、翌日には顔面、体幹部、上腕に広がり、2日後には四肢末端にまでおよぶ。ウイルス曝露から発疹出現までおよそ2週間である。発疹が全身に広がるまでの3〜4日間は39.5℃以上の高熱が続く。発疹は当初は鮮紅色扁平であるが、まもなく皮膚面より隆起し、不整形の斑状丘疹となる。指圧により退色することも特徴の一つではあるが、次第に融合していき、次いで暗赤色となり、出現したときと同じ順序で退色していく。発疹期には上気道炎症状、結膜炎症状等のいわゆるカタル症状はより強くなる。麻疹の臨床経過での特徴はこのように前駆期(カタル期)と発疹期が比較的はっきりと分かれており、発熱もカタル期の終わりに一旦下降した後、より高熱を呈する(二峰性発熱)。

 iii)回復期:
  回復期に入ると発疹は退色し、発熱もなくなり、カタル症状も軽快していく。発疹は色素沈着がしばらくは残存する。麻疹は通常このような経過をたどり、合併症がなければ回復していく。

3)麻疹の合併症
  麻疹に伴って引き起こされる合併症は30%にも達し、その約半数が肺炎であり、以下腸炎、中耳炎、クループ等がある。また、頻度は低いものの、脳炎合併例もあり、肺炎と並んで麻疹による2大死因といわれており、要注意である。
 i)肺炎:
  麻疹に合併する肺炎には、大きくわけて細菌の二次感染による細菌性肺炎とウイルス性肺炎等があるが、最近の死亡例や呼吸管理を要する重症例には、間質性肺炎が多くみられている。

 ii)脳炎:
  1000例に0.5〜1例の割合で発生する。麻疹の重症度に関係なく、発疹出現後2〜6日頃に発症することが多い。半数以上は完全に回復するが、精神運動発達遅滞や麻痺などの後遺症を残す場合があり、10〜15%は死亡するといわれている。特異的治療法はない。

 iii)亜急性硬化性全脳炎(SSPE):
  麻疹罹患後平均7〜10年で発症し、知能障害や運動障害が徐々に進行し、ミオクロニーなどの錐体・錐体外路症状を示す。徐々に進行し、発症から平均6〜9か月で死の転帰をとる進行性の予後不良疾患である。麻疹ウイルスの中枢神経系細胞における持続感染により生じるが、本態は不明である。麻疹初感染時の症状はほとんどが軽症で、その後もウイルスの一部の蛋白の発現に欠損が認められる欠損ウイルス粒子として存在し続けると言われている。

4)非典型的な経過をとる麻疹

 i)修飾麻疹(Modified measles):
  麻疹に対して不完全な免疫を持つ個体が麻疹ウイルスに感染した場合、軽症で非典型的な麻疹を発症することがある。その場合潜伏期は14〜20日に延長し、カタル期症状は軽度か欠落し、コプリック斑も出現しないことが多い。発疹は急速に出現するが、融合はしない。通常合併症はなく、経過も短いことから、風疹と誤診されることもある。以前は母体由来の移行抗体が残存している乳児や、ヒトγ−グロブリンを投与された後にみられていたが、最近では麻しんワクチン接種者がその後麻疹ウイルスに暴露せず、ブースター効果が得られないままに体内での麻疹抗体価が減衰し、麻疹に罹患する場合(Secondary vaccine failure)もみられるようになった。

 ii)異型麻疹(Atypical measles)
 現行の弱毒生麻しんワクチン接種以前に、生ワクチンの発熱率が高く、不活化ワクチンと併用されていた時期があった。不活化ワクチン接種2〜4年後に自然麻疹に罹患した際にこの病態(異型麻疹)がみられることがある。4〜7日続く39〜40℃台の発熱、肺炎、肺浸潤と胸水貯溜、発熱2〜3日後に出現する特徴的な非定形発疹(蕁麻疹様、斑丘疹、紫斑、小水疱など、四肢に好発し、ときに四肢末端に浮腫をみる)が主症状で、Koplik斑を認めることは少ない。全身症状は1週間くらいのうちに好転し、発疹は1〜3週で消退する。回復期の麻疹HI抗体価は通常の麻疹に比して著明高値をとる。発症機序はホルマリンで不活化された麻しんワクチンが細胞から細胞への感染を予防するF(fusion) 蛋白に対する抗体を誘導することができなかったことあるいは不活化ワクチン由来のアレルギーによると推論されている。異型麻疹と修飾麻疹とは全く別の病態であり、現在わが国では異型麻疹の発生はない。 報告書に戻る↑

資料2 2000年の全国年間麻疹罹患数の推計

 平成13年度厚生科学研究(新興・再興感染症研究事業)による「効果的な感染症発生動向調査のための国及び県の発生動向調査の方法論の開発に関する研究」主任研究者:岡部信彦 
 「定点サーベイランスの評価に関するグループ」研究報告書 
 「感染症発生動向調査に基づく流行の警報・注意報および全国年間罹患数の推計―その2−(平成14年3月)」 グループ長:永井正規 より

 p.135
 表. VI-3-11 全国年間罹患数の推計値と95%信頼区間(麻疹)
 
推計値
95%信頼区間
標準誤差率
 総数
19.7万人
18.1〜21.3万人
4.1%
 男
10.7万人
9.8〜11.6万人
4.2%
 女
8.9万人
8.2〜9.7万人
4.3%
 0-4歳
12.0万人
11.0〜13.0万人
4.4%
 5-9歳
4.2万人
3.8〜4.7万人
5.0%
 10-14歳
2.1万人
1.8〜2.3万人
6.0%
 15歳〜
1.4万人
1.1〜1.6万人
10.0%
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資料3 予防接種率調査

 予防接種の効果的実施と副反応に関する総合的研究 平成13年3月 厚生省予防接種副反応研究班 予防接種リサーチセンター
 IV 予防接種の効果的実施と健康教育に関する研究 分担研究者 磯村思无(研究協力者 角田 行、宮津光伸)報告書より
 予防接種率調査方法(報告書より抜粋)(平成13年1月22日時点の中間集計)
1)年(年度)のあつかい: 4月〜3月が2,774市町村
1月〜12月が23市町村
その他が18市町村
2)接種予定者数の算定法: 新規対象者+積み残し者数が2,117市町村
新規対象者だけが535市町村
その他が172市町村
3)麻しんワクチン接種方式: 約95%が個別接種、約89%が1歳から接種
全体の接種率は81.1%で接種方式により83%〜45%の開きがあった。
個別・無料・1歳からの地区が接種者全体の88.9%で一番多かった。
4)麻しんワクチン全体の合計: 2,894市町村、901,026名の接種者について情報 予定者数(B)1,110,890名,実施者数(C)901,026名
(C)/(B):81.1%

個別接種・無料・1歳半から実施: 2.1%の市町村、接種率((C)/(B))73.3%
個別接種・無料・1歳から実施: 88.9%の市町村、接種率82.8%
個別接種・有料・1歳半から実施: 0.3%の市町村、接種率46.9%
個別接種・有料・1歳から実施: 3.7%の市町村、接種率62.9%
集団接種・無料・1歳半から実施: 0.6%の市町村、接種率71.3%
集団接種・無料・1歳から実施: 3.8%の市町村、接種率72.9%
集団接種・有料・1歳半から実施: 0.1%の市町村、接種率60.6%
集団接種・有料・1歳から実施: 0.2%の市町村、接種率77.7%
その他(3歳から集団・有料、など):21市町村  報告書に戻る↑

資料4 世界麻疹対策戦略計画(Global Measles Strategic Plan for measles mortality reduction and regional elimination)

1) 骨子
  i )2005(平成17)年までに麻疹による死亡数を1999(平成11)年時点の推計値から半減させる
  ii)麻疹排除の地域目標をふまえ、大きな地理的範囲において麻疹の内因性伝播の阻止を達成し、それを維持すること
  iii)2005(平成17)年に他の主立ったパートナーとともに国際的な会議を行い、麻疹排除の進歩状況とその実行可能性について評価する
2) 勧奨事項
  i )毎年出生する小児に確実に1回目の麻しんワクチンを接種すること
  ii)補足的な予防接種キャンペーンに代表される2回目の麻疹ワクチン接種の機会をすべての小児に提供すること
  iii)疫学的情報と検査室的情報を統合した麻疹サーベイランスを強化すること
  iv)麻疹患者の治療・管理を改善すること
3) 付加勧奨事項
  i )予防接種サービスを通してビタミンAを投与すること
  ii)適当なところで風疹の予防接種およびサーベイランス活動を組み入れていくこと。

 出典)Measles mortality reduction and regional elimination strategic plan 2001-2005, WHO/V&B/01.13  報告書に戻る↑

資料5 世界各地域での詳細状況

 アフリカ地域は麻疹によるdisease burdenおよび死亡率がもっとも高い地域であり、2000(平成12)年には麻疹による死亡は36,807人と推計されているが、そのサーベイランス体制の不備によりかなり過小評価されていると考えられる。アフリカ諸国における麻しんワクチン接種率は、ニジェールの25%、ケニアの46%など、軒並み50%以下であるが、モザンビークの97%、南アフリカ共和国の95%など高い予防接種率をほこっている国もあり、それぞれ年間罹患者数7,375人、1,459人と報告されている。アフリカにおける麻疹対策5カ年計画(2001〜2005)は2000(平成12)年に改訂され、定期接種、補足的予防接種活動およびサーベイランスの各要素を含むが、特に補足的予防接種キャンペーンの効果が非常に大きいことが協調されている。
 アメリカ地域は麻疹根絶にもっとも近い位置にあり、南北アメリカを含めてそのほとんどの国において、予防接種率は95%を越え、内因性の麻疹伝播が阻止されている。1997(平成9)年にブラジルで大きなアウトブレイクがみられて以来、麻疹患者は97%減少しており、2001(平成13)年初頭で麻疹の地域流行がみられているのは、ハイチとドミニカ共和国のみである。
 東地中海地域は、1997(平成9)年に地域委員会が2010(平成22)年までに麻疹排除を行う計画を承認し、麻疹排除活動はポリオ根絶活動を支援しつつ進めていくことを勧奨している。加盟国はポリオ根絶と麻疹排除状況により2つのグループに分けられ、麻疹排除グループに入っている国々では、すでに活動がフルに実行されている。バーレーン、ヨルダン、オマーンなど9つの国では1994(平成6)年以来Catch-up-campaignが行われてきており、特にクウェートとオマーンでは麻しんワクチン2回接種のかなり高い接種率が得られており、流行のない状態が維持されている。
 ヨーロッパ地域では、全体の予防接種率は1999(平成11)年で88%であり、報告麻疹患者は450,000人を越える。多くの国では麻疹サーベイランスの強化に焦点が当てられており、排除戦略が実行されている。2000(平成12)年に行われた麻疹対策に関わる会議では、2007(平成19)年までに麻疹排除を達成することと、風疹および先天性風疹症候群の排除についても合意がなされた。報告されている予防接種率は、キルギスタン98%、タジキスタン98%、トルクメニスタン97%などがあるが、これらのWHOが対策に関与している以外の多くの先進国では最近のWHOへの報告がない。
 南東アジア地域では、麻疹は依然大きな問題であり、1999(平成11)年には37,030例が報告されているが、報告率が低いために実際にはかなり多くの患者発生があると考えられている。基本的に麻疹対策はポリオ根絶状況に応じて考えられており、根絶が進んでいる国では、麻疹のアウトブレイク対策が行われており、依然ポリオの地域流行がある国では、ワクチンキャンペーンにより、麻疹による死亡率の抑制を目標としている。報告されている予防接種率はミャンマー84%、タイ94%、インドネシア73%、スリランカ99%などである。
 西太平洋地域では、1996(平成8)年に麻疹対策の地域計画が策定され、2001(平成13)年に改訂され、一義的な目標はすべての国における麻疹伝播の阻止である。麻疹予防接種のパイロットキャンペーンがカンボジア、ラオス、ベトナムで行われており、中国でも大規模なプロジェクトが行われ良好な効果が得られている。報告されている予防接種率は、カンボジア65%、ラオス42%、ベトナム97%。オーストラリア92%、ニュージーランド85%などである。

出典) WHO vaccine preventable diseases: monitoring system, 2001 global summary. WHO VAB annual report 2001. 報告書に戻る↑

資料6 先進国での1回接種から2回接種へ向かう歴史

1)米国での歴史
 米国では、1963(昭和38)年に麻しんワクチンが認可される前には、平均年間400,000人の麻疹患者が報告されていた。しかしながら実質上はすべての子供が麻疹に罹患していたと考えられるため、患者数は年間3500万人に達していたと考えられる。
 1960年代後半から1970年代前半にかけて、麻疹の報告患者数は年間概ね22,000〜75,000人に減少した。麻疹の罹患率は全年齢層にわたって減少したが、特に10歳以下の小児においての減少が大きく、年長児における減少は著明ではなかった。
 1978(昭和53)年、米国保健教育福祉部は1982(昭和57)年10月1日までに米国から内因性の麻疹を排除することを目標として「麻疹排除計画」を開始した。この計画は、(1) 麻しんワクチン1回接種による高いレベルの免疫状態を維持し、(2) サーベイランスを強化し、(3) 精力的に集団発生の制圧を行い、この結果として、1978(昭和53)年の年間患者数26,871人から、1983(昭和58)年の1,497人まで減少した。しかしながら、1984(昭和59)〜1988(昭和63)年の間、年平均3,750人の麻疹患者が報告され、これらのうち58%は、麻しんワクチンを1回しか接種していない、10歳以上の小児であった。ワクチンを接種している学童での麻疹集団発生が繰り返し起こったため、予防接種勧告委員会(ACIP)および米国小児科学会(AAP)は、1989(平成元)年すべての小児が麻疹を含むワクチンを、MMRとして、2回接種することを勧告した。当初は2回目の接種は小学校あるいは中学校入学前とされていたが、今回11〜12歳まで遅れることなく、小学校入学前と勧告された。
 以下略。
  出典)CDC.MMWR Vol.47/No.RR-8.

2)フランスでの歴史
 フランスでは、1966(昭和41)年に麻しんワクチンが使用可能となり、1983(昭和58)年に、12〜15か月の小児の定期接種に組み込まれた。3年後、MMR(麻しんおたふくかぜ風しん混合)ワクチンに変更された。
 1996(平成8)年、麻疹排除のために、これまでワクチンを受けなかった、あるいは有効ではなかった小児(1回目接種では5〜10%の小児がワクチンにより抗体ができない)を守ることを目的として、11〜13歳において2回目の接種を行うことが導入された。しかしながら、疫学モデルにより、2回目の接種をより早期に行う方が、疾患の排除がより早期に行えることが示されたため、現在は2回目の接種は3〜6歳に行うことが勧告されている。
 以下略。
  出典)Euroserveillance 2002; 7: 55-60.  報告書に戻る↑

資料7 地域単位での麻疹流行の調査および対策

流行地 期間 患者数 主な情報源 死亡例 予防接種率*
大阪府 1998.1
−1998.12
817例 定点サーベイランス(旧伝染病予防法) 9例 81%
(1999)
1999.12
−2000.10
4,564例 府下医療機関への質問表送付に基く疫学調査 1例(流行期間直前)
沖縄県 1998.8
−1999.9
2,034例 定点サーベイランス 8例 69.1%
(1999)
  2000.10
−2001.10
1,565例 1例 71.1%
(2000)
北海道 2000.12
−2001.9
910例 定点サーベイランス 1例(流行期間直前) 87.5%
(1999)
高知県 2000.4
−2001.6
2,429例 定点サーベイランス 1例 72%
(1999)
 *予防接種率:行政から公表されている数字

(出典)
大阪府: 1)大阪感染症流行予測調査会 2001(平成13)年度結果報告書(第37報)
2)大阪府の統計・第19表 感染症・食中毒・結核患者数及び死亡数(死亡数は人口動態統計による)http://www.pref.osaka.jp/toukei/nenkan/n-23-19.xls
沖縄県: 1)はしか“0”プロジェクト委員会 沖縄県におけるはしか“0”
 プロジェクト行動計画.2001(平成13)年11月
2)IASR 2001, Vol.22 No.11, 284-285
北海道: IASR 2001, Vol.22 No.11, 279-280
高知県: IASR 2001, Vol.22 No.11, 282-284
大分県: IDWR FAQ 2002, 第4巻第12号
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資料8 年長児および成人における麻疹発生の理由について

1) 南北アメリカ大陸における麻疹排除の過程

   図.麻しんワクチン導入後の南米チリにおける麻しん感染周期(1968-1998)

 (出典)
 Ciro A. de Quadros, History and Prospects for Diseases Eradication. Lecture to be delivered in Tokyo (PAHO), 26 July 2001
 ワクチン接種者数の割合が増加し、流行間隔が延長するに従って、年長児や若年成人の麻疹感染者の割合が増加している。

2)我が国における年長児および成人麻疹発症例の増加
 近年の国内における中学校や高等学校を主な場とする幾つかの麻疹患者集団発生事例調査によると、麻しんワクチン未接種者が、ワクチン接種によりそれぞれの集団発生事例に関連した麻疹の発症を免れた確率(=予防接種効果:VE, Vaccine effectiveness)を算出すると、それぞれ98.4%(『2000年4−5月にかけての東京都北区における中学高校一貫校での麻しん集団発生事例』国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース:FETP-J報告書より)、及び98.5%(『2002年春に発生した茨城県取手市の中学校における麻しん集団発生事例』FETP-J報告書*未発表)となり、従来よりいわれていた数値とほぼ同じ値であった。即ち、麻疹ウイルスに同等の条件下で曝露した場合は、例え中学生以降の年長者であっても、これまで麻疹に罹患していなければ、ワクチン未接種者の方がはるかに麻疹を発症しやすいと考えられる。
麻疹に対する免疫がワクチン接種により一旦は付与されたにも関わらず、麻疹ウイルスに対する抗体価の減衰により、後年麻疹ウイルスに曝露し、麻疹を発症したいわゆるSecondary vaccine failure(SVF)の発生を示唆する報告も散見されている(小児内科 vol.27, no.7, 1995-7)。川上等は1994(平成6)年に、大阪府吹田市の中学校(在籍総数:983名)において約2か月間に31例の麻疹患者が集団発生した際、発症者中の22例(71.0%)はワクチン既接種者であったことを報告している。この事例におけるVEは85.8%であった。1990(平成2)年10月から1994(平成6)年5月末までに受診した麻疹総数131名中31名が麻しんワクチン既接種者であり、その発症年齢は未接種者群が3歳7か月であったのに対して、10歳4か月と差を認めた。ワクチン既接種群29例について麻疹発症後の麻疹ウイルス抗体価を測定したが、未接種者群と比較して、HI法による抗体価が早期に、急速に、高値に上昇することを報告している。また、その際の臨床症状が、平均発熱期間においてワクチン既接種者群の方が短く、さらにはKoplik斑を認めない例や発疹の出現が典型的でない例も多数認められ、臨床症状はワクチン既接種者群の方が軽症であった、としている。しかしながらSVF確定例のうがい液からも麻しんウイルスは検出されており、SVF例においても充分に2次感染性はあると考えられる。麻疹流行下におけるSVFの存在を示唆する調査としては、大阪感染症流行予測調査重点項目事業の一環として行われた1999(平成11)年12月から2000(平成12)年10月頃までの大阪府下での麻疹流行調査が挙げられる(2001(平成13)年度大阪感染症流行予測調査結果報告書、第37報)。この調査では、先述のように合計4,564例の麻疹症例が報告されたが、今回の麻疹流行時におけるワクチンの有効性を検証するために特に各地域の中から大阪市2, 東大阪市1, 堺市1, 箕面市1, 忠岡町1の医療機関が選択され、麻疹患者についての出生年グループ別の症例対照研究(VE=1-RRにより算出)が行われた。麻疹1例につき、年齢及び医療機関が同一で、期間内に麻疹に罹患していなかったことなどが明らかな対照例を2例無作為に選択し(計282例)、麻しんワクチンの有効率(VE)を算出した。それによると、出生年1995−1999年、1990−1994年、1985−1989年のグループでのVEは、それぞれ96.7%、91.7%、86.4%であった。本データのみで年長児から成人における麻疹増加についての理由をSVFに求めることは出来ないが、接種後10年以降が多いグループでVEが80%台に低下した事は注目される。
 地域からの情報として、2000(平成12)年春より約10か月間の麻疹流行が見られた高知県では、2000(平成12)年12月から2001(平成13)年5月にかけての小学校・中学校・高等学校における麻疹欠席者数調査がなされている。これによると、麻疹による欠席者の総数が2,151名(2000(平成12)年5月1日現在の在校者数87,148名)に達し、県内の在校者全体の2.5%を占めていた。小学校・中学校・高等学校別ではそれぞれ、3.7%、1.7%、0.6%であった。同県のサーベイランス上における年齢別麻しん患者発生状況は全国と同じく1歳代が最多であり、高知県は定期接種の充実を対策の一つに掲げたが、同時に年長児(生後90か月を超える者)及び成人のワクチン未接種者等のいわゆる麻疹感受性者に対する予防接種の勧奨を行っている。
 医療機関からの情報としては、都立駒込病院における麻疹による入院患者層が1980年代には1歳代にピークを持つ1峰性の分布(N=69)であったのが、2000(平成12)年には乳児期後期と20代前半にピークを持つ2峰性の分布(N=66)へと移行してきたこと(平成13年度厚生科学研究費補助金「成人麻疹の実態把握と今後の麻疹対策の方向性に関する研究」報告書より)、都立墨東病院における麻疹による15歳以上の入院患者数が1990(平成2)−1998(平成10)年まで年10人以下(1991(平成3)年のみ20余名)であったのが、2000(平成12)−2001(平成13)年にかけて年50−70名と急増したことなどが挙げられる。
 我が国における年長児から成人における麻疹患者増加の背景として、1)麻しんワクチンの接種率がある程度高まり、流行の頻度が減少したために、ワクチン未接種にもかかわらず野生の麻疹ウイルスに感染することなく年長になってしまった集団における発生、もしくは2)定期接種として幼児期に麻しんワクチンの接種を受けたにも関わらず、その後に野生の麻疹ウイルスの曝露を受けなかったために、麻疹ウイルス抗体価が減衰して免疫力が低下した状態での麻疹罹患(SVF)、及び3)それらの混在がその原因として考えられる。以上により、近年の年長児から成人において麻しんが増加しつつあるという1つの特徴は、従来の幼児のみを対象とした麻疹対策からの修正を余儀なくされるものであり注目される。
 現在の野生の麻疹ウイルスは1980年代以降ウイルスのH蛋白に変異が生じており、現行麻しんワクチンでも麻疹ウイルスの感染予防には十分な効果があるものの、厳密にはワクチンに使用されている1950年代分離のウイルス株とは性状が異なってきている。野生株の変異蓄積が将来のSVF増加の懸念となるとする報告もあり、SVFに関しては麻疹排除を念頭に置き、ワクチン接種率の根本的な改善を図ることと、欧米のように2回接種の導入を検討することが必要となるであろう。

 (出典)
 1) 2000年4−5月にかけての東京都北区における中学高校一貫校での麻しん集団発生事例
   (国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース:FETP-J報告書より)
 2) 小児内科 vol.27, no.7, 1995-7
 3) 大阪感染症流行予測調査会 平成13年度結果報告書(第37報)
 4) 2002年春に発生した茨城県取手市の中学校における麻しん集団発生事例
   (FETP-J報告書*未発表)
 5) 高知県における麻疹:IASR 2001, Vol.22 No.11, 282-284
 6) 平成13年度厚生科学研究費補助金
   「成人麻疹の実態把握と今後の麻しん対策の方向性に関する研究」報告書より
 7) 臨床とウイルス 22:233-245, 1994  報告書に戻る↑

資料9 乳児期の麻しんワクチン接種

 麻疹が制圧(control)期にある国々(我が国も含まれる)や集団発生予防(outbreak prevention)期の国々においては、流行時に緊急の対策として麻しんワクチン接種が乳児を対象として流行地域において大規模に行われる場合があることは本文の通りである。ただ、乳児期の麻しんワクチン接種の効果については、最近のデータにおいても、母親からの移行抗体の存在により、低月齢児であるほど抗体陽転率は低くなり、長期的な免疫力の維持が不十分になることが示唆されている。Gansらは生後6、9、12か月の各月齢児(合計248人)に麻しんワクチン接種を行い、接種前後の麻しんウイルスに対する細胞性免疫、液性免疫について検討を行った。麻しんワクチンへの免疫学的反応として、すべての月齢児におけるウイルス抗原特異的T細胞増殖能はほぼ同等であったが、防御レベルの抗体価の上昇は他の月齢児が90%以上であったのに対して6か月児は74%に留まり、反応が悪いことを示唆されている。Bautista-Lopezらの研究においても、生後9か月の時点での麻しんワクチン接種では90%以上の児で抗体価の上昇が認められている。また、かつてセネガルにおいては6か月児への接種にウイルス含量の多い高力価ワクチンが推奨されたが、接種群の約3年後における麻疹以外の原因による死亡率が標準力価接種群より高いところから、6か月児への高力価麻しんワクチン接種は中止されたと言う経緯もある。
 母体からの移行抗体は、その母親が麻疹に罹患したか、もしくはワクチン既接種者かによっても異なり、個人差が大きいことも考えると、乳児期に麻しんワクチンを接種された児については麻しんワクチンの1回接種のみでは不十分な可能性があり、月齢12か月以降に2回目を定期接種として行うことが望ましいとされている。生後8−11か月児におけるワクチン接種成績では、麻疹ウイルス抗体の獲得や副反応が月齢12か月以上の児への接種に比べても殆ど差がないとする国内の教科書もあるが、我が国の麻しんワクチンと海外の麻しんワクチンでは、使用されているウイルス株の種類も力価も異なっており、海外における効果と安全性に関する成績は必ずしも我が国のワクチンには適応できない、とする意見もある。
 しかしながら現実には、全国の小児科定点からの報告によると麻疹患者発生数は最多の1歳代に続いて6−12か月未満児、次いで2歳児の順となっている。また、沖縄県での1998(平成10)−2001(平成13)年における合計9人の麻疹関連死亡者のうち、4名が生後9−11か月の乳児であったこと等からも、「麻疹の流行下において乳児期後半の児を如何に麻疹感染から守るか」ということは、保護者及び臨床医、公衆衛生担当者にとって重要な課題である。

 (出典)
  1) IASR 2001, Vol.22 No.11, 273-274
  2) Lancet, 338(8772):903-7, 1991
  3) J Inf. Dis, 184: 817-26, 2001
  4) Bulletin of the WHO, 79(11): 1038-46, 2001
  5) 予防接種の手引き第八版:161-169, 2000
  6) IASR 2001, Vol.22 No.9, 24-225   報告書に戻る↑

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