国立感染症研究所 感染症情報センター
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百日咳 2008年

 百日咳は、好気性のグラム陰性桿菌である百日咳菌(Bordetella pertussis)の感染を原因とする急性の呼吸器感染症である。特有のけいれん性の咳発作(痙咳発作)を特徴としており、母親からの移行抗体が有効に働かないために乳児期早期から罹患する可能性があり、ことに百日咳(P)ワクチンを含んだDPT三種混合ワクチンを接種していない生後6カ月以下の乳児が罹患した場合は、未だに死に至る危険性がある疾患である。百日咳はこれまで乳幼児を中心とした小児で流行する疾患とされてきたが、ワクチンの開発・普及と乳児期の接種率の上昇によって、発生報告数は大きく減少した。だが最近では小児科定点報告疾患であるにもかかわらず20歳以上の成人例の報告数が年々増加してくると共に、発生報告数そのものも増加に転じている。成人の発生例は咳が長期にわたって持続するものの、乳幼児にみられるような重篤な痙咳性の咳嗽を示すことは稀であり、症状が典型的ではないために診断が見逃されやすく、感染源となって周囲へ感染を拡大してしまうこともあり、注意が必要である。
 感染症発生動向調査では、全国約3,000カ所の小児科定点からの報告数に基づいて百日咳の患者発生状況の分析を行っている。同調査によると、2008年は継続的に例年よりも患者発生報告数の多い状況が続いていたが、同年の百日咳の流行状況を総覧し、若干の分析を加え、その情報を公開することは、今後の同疾患の対策を促進する上で重要であると考えられる。そこで、今回暫定数値ではあるものの、2008年1年間の百日咳の発生状況をまとめ、以下に記述する。
 2008年の百日咳の定点当たり報告数は、第22週(定点当たり報告数0.11、報告数343)を中心に患者発生のピークがみられ、また多くの週で例年よりも報告数の多い状態が継続していた(図1)。2008年第1〜52週の累積報告数は6,749例(定点当たり累積報告数2.24)であり、2000年以降では最多の報告数であった2000年の3,804例(定点当たり累積報告数1.28)を大きく上回った(図2)。累積報告数の都道府県別では千葉県895例、福岡県516例、広島県490例、愛知県403例、神奈川県389例、大阪府364例、埼玉県312例の順であった(図3)。累積報告数の年齢群別割合をみると、0歳児、1歳児を中心とした乳幼児からの報告割合は年々低下がみられている一方で、小児科定点からの報告ではあるものの、20歳以上の報告割合は年々増加してきており、2000年は2.2%であったものが、2007年には30.9%、そして2008年には36.7%に達した(図4、図5)。また、乳幼児の報告割合は継続的に減少しているものの、報告総数が大幅に増加しているために、乳幼児からの報告数も増加傾向にあり、0歳児の報告数は2006年495例、2007年598例、2008年809例と2年連続で増加した(図6)。なお、2009年第3週の報告数は78例(定点当たり報告数0.03)であり、都道府県別では福岡県14例、千葉県10例、広島県9例、東京都6例、栃木県5例の順となっている(図7)。2008年のピーク時の報告数(第22週の343例)より少ないものの、既に過去10年間の同時期の報告数よりは多くなっている(図1)
図1. 百日咳の年別・週別発生状況(1999〜2009年第3週) 図2. 百日咳の累積報告数年別推移(2000年〜2008年) 図3. 百日咳の都道府県別累積報告状況(2008年)
図4. 百日咳の年別・年齢群別割合(2000年〜2008年) 図5. 百日咳の累積報告数の年齢群別割合(2008年) 図6. 百日咳の累積報告数の年別・年齢群別割合(2000〜2008年)
図7. 百日咳の都道府県別報告状況(2009年第3週)

 かつて百日咳は乳幼児を中心に患者の発生がみられていたが、DPT3種混合ワクチンの導入と改良・普及により、患者発生数は大きく減少した。しかし最近では流行形体そのものが大きく変化し、これまで殆ど問題視されてこなかった成人層における患者発生割合が大きくなると共に、患者発生数そのものも2008年は大幅な増加がみられた。現在の小児科定点のみからの発生動向調査だけでは、成人層を中心とした患者の発生状況をその実態を正確に把握することは困難であることはいうまでもない。感染症情報センターでは、百日咳を診断した医師よりその情報を発信していただき、その情報を共有・分析するために、「百日咳発生DB:全国の百日咳発生状況」(http://idsc.nih.go.jp/disease/pertussis/pertu-db.html)を2008年5月に立ち上げ、感染症発生動向調査とは別に解析を行っている。しかしながら、この臨床現場からの任意のデータ入力によるサーベイランスはあくまでも感染症発生動向調査を補完するものに過ぎず、今後は百日咳の発生動向調査を成人の発生動向の把握をも視野に入れたものとして再構築していくべきである。百日咳は、今や10代の若年層から成人層を中心に流行している感染症であるといっても過言ではない。現状のままで有効な対策が講じられなければ、若年成人層を中心とした患者発生数の増加が更に継続し、それに伴って発病により重症化が懸念される乳幼児の患者発生数の増加をも招いている現状の改善は困難と予想され、早急な対応が必要と思われる。


感染症週報 IDWR 2009年3週号に掲載)


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