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感染症情報センター注解
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国立感染症研究所 感染症情報センター
WHOは、SARSに関するリスクを評価したうえで大きく3つの地域に分類し、今後のSARSへの取り組みについて地域での対応について勧告した。日本は国内でのSARS症例は確認されていないものの、SARS-CoV起源・潜在地域から多くの来訪者がある地域であるという観点から「発生警戒地域」、もしくは現時点まで症例の報告がないことからは、「低リスク地域」に分類される。
「発生警戒地域」については、SARSアラートSARS注意喚起の警鐘に加えて強化サーベイランスを行うことが推奨されている。ただし、WHOの勧告は多くの公衆衛生基盤の乏しい開発途上国を含めた加盟国を対象としている。日本はこの分野でWHOの世界の実験室ネットワークの主要なメンバーとして参加し、疫学調査でもWHOや現地の政府機関の要請を受けて協力してきている。今冬のSARS対策の分野においても、国内外における危機管理という観点から、積極的かつ先進的な役割をしていく必要があると思われる。
○感染確認地域に関連した渡航者数
日本でのSARSアウトブレイクのリスクについて検討してみる。SARSの感染が確認された地域へ、日本からどのくらいの渡航者がおり、またこれらの地域から日本へどのくらいの渡航者が来ているのかという点に注目してみる。「SARS-CoV起源・潜在地域」からの渡航者数や日本からこの地域での渡航者数を検討すべきであるが、地区別の詳細なデータは入手困難であるために、前回のSARS流行において、最も患者数の多かった中国、香港、台湾について人の往来を検討した。参考に、前回の流行で現在までに33名(うち輸入例31名)の患者が確認されている米国と比較した。
表1:香港、中国、台湾との旅行者数(日本)
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日本へ(2002)
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香港290,624
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中国452,420
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台湾877,709
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計1,620,753
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日本から(2002)
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香港1,395,020
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中国2,986,800
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台湾986,053
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計5,367,873
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合計6,988,626
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(出典:国際観光振興会)
表2:香港、中国、台湾との旅行者数(米国)
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米国へ(2002)
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香港135,409
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中国225,565
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台湾288,032
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計649,006
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米国から(2002)
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香港739,000
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中国725,000
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台湾632,000
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計2,096,000
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合計2,745,006
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(出典:ITA,US department of Commerce)
SARS患者数(2002年11月〜2003年8月7日)出典WHO
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米国
日本
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33例(輸入例31例)
0例(台湾からのSARS患者が一時的に滞在)
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SARS患者が33例発生し、輸入例がほとんどである米国と比較し、日本はSARS患者数の上位3カ国に関連した渡航者は2.5倍
(2002年実績)であることがわかる。また、日本が米国などと比べてSARSのアウトブレイクが起きる可能性が低い合理的な理由は見つからない。
以上のように、前回と同様の地域でSARSの再興があった場合に、(1) 旅行者などから日本に持ち込まれる危険性が少なくないこと、(2)
我が国の現行の報告システムでは、SARS感染が起きた国からの渡航者を対象としており、このような地域が規定されるまでは、臨床的、実験室検査の上から疑わしい場合においても報告するシステムになっていないこと、などからSARSに対する強化サーベイランスを行うことが必要であると考えられる。
○WHOの推奨する報告システムの内容
前回のアウトブレイクでは、SARSは初期には院内感染として広まり、多くの医療従事者が感染したことをふまえて、WHOは「低リスク地域」におけるSARSアラートとして以下のサーベイランスシステムを推奨している。
同一の医療機関内で、SARSの臨床的症例定義(WHO文書3.3項参照)を満たし、10日間の間に前後して発症した2人以上の医療従事者が発生した場合
あるいは
同一の医療機関において、医療従事者、その他の病院職員、患者、来訪者のあいだで、SARSの臨床的症例定義を満たし(3.3
項を参照)、10日間の間に前後して発症した3人以上の院内感染が発生した場合
医療関係者に関連した異常の早期発見をし、早急に適切な感染制御対策をするために上記のような報告システムを奨励しているが、上記の集積を定義する人数は各国で増加をすることが可能であるとしている。我が国においては、呼吸器感染症の原因検索のための喀痰・血清などの検査は比較的容易であり、インフルエンザの迅速診断キット等も健康保険で認められていることなどからある程度の除外診断が可能であること、SARSのアウトブレイク検出の感度を低下させないためにもWHOの定義のまま用いることでよいと考えられる。
また、「発生警戒地域」に対しては上記の報告に加えて以下の一つ以上を行うことが望ましいとされている。
1)
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老人介護施設、リハビリテーション施設、地域保健健康センター、私立医療機関などの
施設における非定型肺炎のサーベイランス(「付2 集団発生終息後の期間におけるSARSの診断に関する指針−すべての医療従事者の問題」を参照)
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2)
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原因不明の非定型肺炎と診断された退院時患者サーベイランス
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3)
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医療従事者の欠勤者サーベイランス
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4)
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臨床検査結果に基づくSARS-CoV感染サーベイランス
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5)
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呼吸器感染症の原因病原体、あるいはSARS-CoVの検査依頼状況のサーベイランス
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6)
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急性呼吸器疾患に続いて起こった、原因不明の死亡のサーベイランス
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7)
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医療従事者、動物取り扱い業務者(飼育係、動物輸入業者など)、市場労働者、狩猟者などの、高リスク群における血清学的サーベイランス
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8)
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SARS-CoV感染に関する、抗体保有状況の変化を監視するための、地域単位の血清学的調査
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9)
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動物における血清学的調査
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SARSは症状だけからは他の呼吸器感染症と区別できない場合が多いが、現在のところそのすべてに対して検査をすることは出来ない。よりSARSが疑わしい症例をいくつかの条件から絞り込む必要がある。
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ウイルス曝露の危険性の高い群
一般人口よりSARSの曝露を受ける機会の多い医療従事者、動物取り扱い業者などに絞る(上記3、7)
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症状、病態からの絞り込み
臨床症例定義にあるように38度以上の発熱や下気道症状、さらには重症化した例を対象とする(上記6)
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検査からの絞り込み
除外診断で判明できなかったものも含む(上記2、4、5)
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旅行歴などからの疫学的な絞りこみ
上記の例にはないが、過去に感染確認地域になった国からの渡航者を対象に絞ることも可能。
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◇ 感染症情報センターの提案:
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SARSは、主要な症状は38度以上の発熱と咳や呼吸困難などの呼吸器症状であり、インフルエンザなどの他の呼吸器感染症と臨床症状などからは区別がつかない。
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・
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例年、11月後半から12月くらいから3月くらいまでインフルエンザの流行が全国的にみられる。
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過去には大きな流行の際に、人口の約10人に1人程度がインフルエンザに罹患し医療機関を受診していると推計されている。
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SARS-CoV感染について、現在のところ信頼できる迅速診断検査は使用できない。
したがってインフルエンザなどの呼吸器感染症の流行時期にSARS患者と他の感染症と区別が出来ずにSARS患者を見逃してしまって感染が広がる可能性や、SARS以外の患者に対して過剰反応し臨床現場に大変な負荷がかかる可能性がある。
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上記の点及びWHOの勧奨を考慮にいれ、我が国での今冬の対応としては以下が望まれる。
1:SARSが疑われる患者の積極的な検出
1)
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重症化した原因不明の呼吸器感染症の検出
SARS-CoVの感染症では重症化する危険性が他の感染症よりも高いと考えられる。(1)健常者が酸素吸入や人工呼吸器管理が必要になった原因不明の呼吸器感染症、(2)高年齢者での原因不明の呼吸器感染症による死亡例などは積極的かつ迅速に症例把握を行い、疑わしい症例についてはSARS-CoVの微生物学的な検査を奨励する。
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2)
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呼吸器感染症の院内集団感染の把握
SARSのアウトブレイクの初期には医療機関で院内感染として広まる危険性がある(医療関係者は十分な感染防御策をとる必要がある)。したがって、WHOのSARSアラートに準じた症例の集積を報告することが必要である。また、この症例定義にあてはまらなくても、職場での勤務場所を同一にする医療従事者(例、同じ病棟)の呼吸器感染症による病欠の集積が見られた場合には、院内感染担当者などはレントゲンなどによる病態の把握や、病原体を特定するための検査などを積極的に行うことが望ましい。
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3)
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呼吸器感染症の救急搬送患者の集積の把握
SARSでは急速に呼吸困難などの重篤な症状を呈することが少なくない。そのために救急車で搬送される可能性もあることからり、重篤な呼吸器感染症での救急車の出動状況の監視を行い異常な集積がないかどうかを確認することも有効な補助的サーベイランスとなりうる。
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4)
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インフルエンザサーベイランスの強化
特にインフルエンザの迅速サーベイランス(毎日報告)についてその内容を強化するために、協力医療機関を増加すること、インフルエンザの迅速診断の結果等についても検査した例については報告してもらうこととする。インフルエンザ流行の監視が主たる目的であるが、インフルエンザ迅速診断の結果が陰性であったものの集積を検出することにより、インフルエンザ以外の呼吸器感染症の発生動向を監視することも可能である。
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2:SARS以外の呼吸器感染症への対応
5)
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インフルエンザの予防接種の積極的推進
インフルエンザの予防接種の積極的推進により、SARSとの鑑別が問題となるインフルエンザによる重症化する患者を減らす。
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6)
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迅速診断キット等を活用した病原体の特定
臨床の場面で、検査の限界を常に認識しなければならないものの、呼吸器感染症に対してインフルエンザやマイコプラズマの迅速診断を活用し、感染症の診断精度を高める。さらに原因不明の肺炎などに対しては、喀痰検査、血清学的検査などにより可能な範囲で感染の起因病原体について特定することを励行する。
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7)
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呼吸器感染症に対する適切な治療
迅速診断の結果などを参考にして疑われる感染に対して適切な治療薬を投与し、その経過を追うことにより鑑別診断も可能となる場合がある。ただし、薬剤耐性及びその出現について考慮し、抗菌薬などを漫然と長期間投与することは避ける。
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(更新日:2003/8/28)
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