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4/15/2003

重症急性呼吸器症候群(SARS)−27


(仮訳)

WHOによる重症急性呼吸器症候群(SARS)
多国同時集団発生の報告
(4月11日、更新第27報)


世界的SARS集団発生の1ヶ月:集団発生の現況と近未来への教訓

SARSが世界的脅威であると宣言して1ヶ月後に当たり、WHO感染症局の局長であるDavid L. Heymann博士は、この流行において現在我々の置かれた立場について総括した。つまり何がこの新興の感染症とその原因である珍しいウイルスについて解っており、世界中の「ホット・ゾーン(感染の焦点)」での集団発生の状況の変化について述べた。彼は鍵となる出来事を年代順に並べて解説し、更に感染が拡大するのを抑えるために取られたいくつかの対応について説明した。また彼は、SARSが何故健康に対し特に深刻な脅威を持っているか、この尋常でない疾患が示す多くの問題についても述べた。次のインフルエンザの汎流行や起こりうるバイオテロリストの攻撃を含めた、将来起こりうる感染症の新興についても説明があった。

 ・集団発生の近況
 ・懸念される感染の焦点
 ・中国
 ・カナダ
 ・香港
 ・ベトナム
 ・シンガポール
 ・新しいコロナウイルスの発見
 ・診断検査
 ・現在の診断検査の役割
 ・他の危機への応用(インフルエンザ汎流行、バイオテロリズム)
 ・何故SARSは深刻な危機なのか
 ・出来事の経時的一覧
 ・教訓:改革と世界的共同研究の価値

世界的SARS集団発生の現況と近未来への教訓
WHO感染症局長 David L. Heymann

SARS集団発生の現況
この瞬間にも、世界中の公衆衛生当局、臨床医、そして科学者たちは、重症で、急速に広がる新しいヒトの疾病である、重症急性呼吸器症候群(SARS)として知られる疾患に立ち向かう努力を続けている。これは、21世紀に入って初めての、重篤で、容易に感染する新しく起こってきた疾患であると考えられる。原因ウイルスの正確な属性を含め、この疾患の多くはあまり良く理解されないままであるが、我々はこれに、空路の国際旅行の経路に沿って急速に広がることができる特徴が有ることは解っている。

4月10日までに3つの大陸の17の国々から、2,781例のSARS症例と111例の死亡例がWHOへ報告されている。いくつかの集団発生の様相からは、感染制御が上手くいっている事を示す点も見られた。旅行者や医療・看護専門家における、SARSの症状に関する高い警戒は、往々にして輸入症例の適切な管理、つまり迅速な患者隔離と厳格な感染制御方法に基づく患者管理に結びつく。その結果として、多くの国はたった1例か、2〜3例の輸入例を経験するだけで、病院職員や、患者家族、病院訪問者、また一般のコミュニティへ更に広がることは無かった。世界的な高い警戒態勢、症状と曝露に関する知識、症例を直ちに隔離し厳格な感染制御を行う必要上の警戒のために、SARSの「疑い例」と「可能性例」を報告した国々と大陸は、今後も増加していくことは疑いの余地は無い。これらの手法が守られている限り、国々における第1例の捕捉は、必ずしもSARSが拡大を続けている証拠と解釈することは無い。SARS症例を報告している国と症例と死亡例の累積数の表形式の情報は、毎日WHOのSARSウェブサイトへ掲載している。

懸念される「ホット・ゾーン(感染の焦点)」
輸入例から感染が拡大していないと言ういくつかの好ましい徴候にも拘らず、中国、カナダ、香港、ハノイ、そしてシンガポールの集団発生では病院を中心に発生し、それを越えて広がり著しい心配の種となっている。この地域のSARSの特徴で最も警戒すべき点は、元来健康な医療従事者の多くを感染させ、病院内で急速に広がったことである。多くが集中治療を要し、病院施設とスタッフ双方へ多大な負担を掛けた。WHOが世界的警報を発する前に症例が出たカナダなどのような国では、厳格な患者隔離と優れた感染制御手法を導入したにも拘らず、SARSは広がった。

中 国
WHO調査チームは4月3日以来広東省で、聞き取り調査と研究を続けていたが、4月9日にSARS集団発生の中間報告を中国当局へ提出した。WHOチームの見解では、広東省の保健医療システムは集団発生に良く対応したが、他のすべての省の保健医療システムにおける、SARSのような深刻な状況に対して対応する許容能力はこれより低い。報告の中では、いくつかの改良点が提言されている。

このチームはまた、100人以上をひとりで感染させたと考えられるある患者を含んだ、広東における「スーパー・スプレッダー」の存在も発見した。この集団発生は今や、仏山市で最初の患者が報告された11月16日まで、その起源を遡るものと考えられている。

北京の現状に特に懸念が集中している。昨日WHOは、北京保健当局との討議を深め、特に症例報告と接触者追跡調査のシステムの有効性に関して懸念を表明した。

カナダ
今日までにカナダは、可能性例114例と死亡例10例を報告している。すべての症例はアジアへ旅行したか、SARS患者と家庭内あるいは医療機関において、密接な接触があった者の間から発生している。ヘルス・カナダはカナダ人と一般旅行者の健康を守り、他者へウイルスを伝播する機会を減少させるために、いくつかの手段を講じている。いくつかのカナダの学校と病院は閉鎖されている。

香港
香港では998症例と30死亡例が報告されており、現在最もひどく被害を受けている地域である。多くの病院で医療従事者が感染し続けている。WHOは今週、香港の集団発生初期に疫学調査本部であったPrince of Wales病院の行政総監(chief executive)が、異型肺炎で入院したことを知らされた。各病院は(疾病の勢いに)圧倒されつつある。すべての小・中学校、特殊学校、幼稚園を閉鎖すると言う判断の期限は、4月6日から4月21日まで延長された。

もっとも心配なのは、淘大花園(アモイガーデン)住宅団地の高層アパート建築に関連した、268例のSARS症例の大きな集積である。淘大花園(アモイガーデン)の症例の大半は、ブロックEのひとつの棟の、垂直に配置された住居群まで辿ることができた。この伝播経路の形式は、疾病が医療施設から一般社会へ出て、今やコミュニティの中で二次感染の症例が出ていることを示している。淘大花園(アモイガーデン)の集団発生を調査している疫学者たちは、たとえば下水や換気システムに関連したある種の環境汚染が、この大きな症例の集積の原因ではないかと言う仮説を吟味している。糞口感染の経路がひとつの可能性として考えられてはいるが、空気感染の証拠は今日までに何も示されていない。ウイルスは、ゴキブリやげっ歯類を含めて、動物では検出されていない。

香港の保健当局は昨日、「SARS確定例」の家庭内接触者はすべて、直ちに自ら自宅隔離を最長10日間しなくてはならないと発表した。家庭内接触者は、自宅での隔離とホリデー・キャンプでの隔離のいずれかを選択することができる。この隔離期間の間は訪問者と会うことは許されず、ごく例外的にしか自宅あるいはキャンプを離れることは許されない。香港保健省はこの隔離機関の間に健康診断を行って健康状態を絶えず監視し、警察当局は隔離の遵守状況を監視する。

ベトナム
ベトナムでハノイのWHO事務所が、ハノイのフレンチ・ホスピタルの最初のSARSの症例に気づいたのは2月28日だった。症例は急速に増加し、3月24日に58症例で安定し、連続8日間変化は無かった。SARSの潜伏期の最長が10日と考えられるので、これだけの期間症例数が変化しかったことから、ベトナムの集団発生は制御下におかれたかの希望を抱かせた。しかしながら、4月3日に、SARS可能性例がある州立病院で診断された。この症例は、フレンチ・ホスピタルへの関連を辿ることができたが、州立病院で隔離と厳格な感染制御手法が適用されていなかったことから、多くの病院職員、患者、訪問者が曝露されていると考えられ、引き続いて症例が発生する下地が作られた可能性がある。4月3日以降、患者と密接な接触のあった3例の可能性例がさらに報告されている。

シンガポール
シンガポールも、初期にもっともひどく被害を受けた地域であるが、幾人かの18歳未満の子供たちを含む、123人がSARSと診断されている。最も心配されているのは、シンガポール総合病院の連結された2つの病棟に加えタントクセン病院において起こっている、医療従事者、入院患者、訪問者の間の新しく大きなSARS疑い例の集積である。
この集積症例の厳格な接触者追跡調査やその他の調査によって、3月5日〜20日の間に、慢性腎疾患と糖尿病の治療をシンガポール総合病院で受けた60歳代のひとりの中国人男性との接触が原因として浮かび上がってきた。WHOの疫学者たちは国家当局と協力のもと、この中国人患者がいわゆる「スーパー・スプレッダー」であった強力な証拠を発見しつつある。

SARS集団発生において「スーパー・スプレッダー」とは、今のところ原因は不明であるが、多くの人を感染させた原因症例のことである。このような「スーパー・スプレッダー」が例外的に大量の感染物質を排出する人なのか、環境などの他の要因が、ウイルス排泄期の特定の時期に作用して伝播を増幅しているのかは以前不明なままである。

新しいコロナウイルスの発見
WHOによって設立された新しい機構によって、研究領域の最前線は空前の進展を見た。特に、新しいコロナウイルスの迅速な発見と診断検査の開発は目覚しかった。世界中の一流の研究者が昼夜を徹して、現在まだその規模がわからない脅威に対して空前の共同研究で、これらの問題と取り組んでいる。それにもかかわらず我々は未だ、このウイルスがSARSの証拠であると結論付けるだけの証拠を手にしていない。現在、WHOのネットワークの研究施設で行われている動物実感の結果がもうすぐ出る予定であり、これによってSARSが新しく発見されたコロナウイルスによって引き起こされていることを確実に証明するために必要な、証拠の残りの一片を提供するだろう。更にこの発見は、新型コロナウイルスと共に、「ヘルパーウイルス」の可能性があるメタニューモウイルスが重複感染したヒトにおけるその役割を理解するための事実も提供してくれると考えている。

診断検査
診断検査の開発は期待されたよりも問題点が多いことが判った。現在3つの検査方法があり、このウイルスがどのようにしてヒトに疾患を引き起こすか理解することを助けているが、これらの検査方法はいずれも、SARSの集団発生を制御下に迅速に押さえ込む手段としては限界がある。

ELISAは信頼性を持って抗体を検出するが、臨床症状の発症からおよそ20日目から後でしか検出できない。したがって、これを他の人へ感染を広げる機会が無いうちに、早期患者の検出に用いることはできない。

第2の検査の免疫蛍光抗体法(IFA)は感染の10日目に信頼性を持って抗体を検出するが、比較的時間の掛かる検査方法で、細胞培養系にウイルスを感染増殖させる必要がある。

SARSウイルスの遺伝子断片を検出するための現在のPCR法は、感染の初期には有効であるが、多くの偽陰性がある。つまりは、実際にはウイルスに感染している人が検出されず、密接なヒトーヒト感染で容易に広がるウイルスに対して誤った安全の意識を生む危険がある。

現在の診断における検査の位置づけ
陽性の検査結果はその人が現在あるいは、最近コロナウイルスに感染したことを示す。しかしながら、陰性の検査結果はその人がこのウイルスに感染していないことを示すものではない。

現在のところ、WHOに行われているSARS可能性例の報告は臨床症状、旅行歴を含む現病歴、あるいは感染者への曝露の可能性、そして特徴ある胸部レントゲン写真に基づいて行われている。WHOの研究施設ネットワークに属するカナダ、フランス、ドイツ、日本、香港特別行政区、オランダ、シンガポール、英国、米国の9つの国々は、SARSの疑い例および、可能性例に対してすべてこの検査を行い始めている。WHOは他の国々が検査を行えるように、ウェブサイト上にこの検査方法の詳細について掲載した。しかしながら、感染の早期に迅速に信頼性を持って症例を検出できる、しっかりした検査方法を開発するためには更に研究が必要である。

SARS対策:他の感染症の危機管理への応用

今日解っているSARS集団発生の規模以外に、下記セクションで何故この疾患が特に国際保健における深刻な危機であるのか、SARSが世界中に広がった出来事の年代順の概略、そして世界的対応の強みと弱点に基づき、ごく近い将来に向けた教訓を論じる。

SARSへの対応は国際保健規則(IHR)の改訂の下の、世界的警戒態勢と対策活動の延長上にある。IHRはサーベイランスと感染症の報告、そして国際的拡大を防ぐための手法の利用に対して、法的裏づけを与えるものである。SARSはこの世界的な警戒態勢と対策活動が、実際に新しく発見された疾病に対してどのように働くかを見せている。また、現在活動しているシステムがどのように、次のインフルエンザ汎流行を含む新興感染症など、他の高度に注意が必要な感染症事例に対してあるいは、戦時やテロリズムにおける生物学的病原体の意図的な散布に対して適用できるかを示唆する。科学の世界は今、ひとつの新しいウイルスによって引き起こされた集団発生と戦っている。この事実は、封じ込め対策(原因病原体とその特性の同定、それによって診断検査の開発が可能になり、治療方法が、そして科学的に堅固な事実に基づいた感染制御方法の提言)にひとつ余分な段階を付け加える。これは、炭疽や天然痘のような、既知の病原体を用いて、生物学的攻撃が行われた場合には不要な段階である。インフルエンザの汎流行も同様に、まったく新しく、あまり知られていないウイルスに対するのとは違う。

SARS:国際社会への特に深刻な脅威
前世紀の終わりの数十年間にいくつかの新興の感染症の出現を目撃してはいるが、SARSは特に深刻な脅威であると受け止めるべき理由がいくつかある。もし、SARSウイルスが現在の病原性と感染力を持ちつつけるならば、世界的流行の可能性を秘めた21世紀最初の重症な疾病となるだろう。まだ余りよく解ってはいないが、このような臨床的、疫学的特長は、特に警戒を呼び起こすものである。AIDSというよく知られた例外の他には、ほとんどの新しい疾病で、前世紀の最後の20年のうちに出現したか、新しい地理的地域に蔓延したものには、国際的な公衆衛生上の重要な脅威とならないような、病原体特性上の限界があった。トリインフルエンザ、ニパウイルス、ヘンドラウイルス、ハンタウイルスなど多くが、効率的なヒト―ヒト感染を確立することができなかった。病原性大腸菌(O157:H7)、vCjD(variant Creutzfeldt-Jakob disease)などはその伝播の担体として食品を必要とする。新しい地理上の地域へ広がったウエストナイル熱やリフトバレー熱は、伝播鎖の一部としてベクターの存在が必要であり、主に高齢者、免疫不全の人、他の疾患に同時に罹患している人などの高リスク群で死亡が見られるが、全体として死亡率も低い。この他は(髄膜炎菌W135、エボラ、マールブルグ、クリミア―コンゴ出血熱)、依然として強力な地理的焦点がある。エボラ出血熱の集団発生は、ウガンダでの53%からコンゴ民主共和国での88%までの致死率があるとされているが、ヒトーヒト感染には感染血か体液との物理的に密接な接触が必要である。それに加え、高い感染力がある時期のこの疾病の患者は、見た目にも非常に重症で、旅行などとてもできない。

これに対してSARSは高度に発達した交通網と、密接に結び付けられた国際社会によって作られた環境下で、急速に国際的に感染拡大する可能性を暗示するような発生の仕方をしている。うわさも含めた情報では潜伏期は2〜10日(平均2〜7日)で、感染病原体を予期せず、検知すること無しに、無症状の航空旅客が、国際空港がある世界のあるひとつの街から別の街へ運ぶ。気道分泌物を介した、密接な接触によるヒトーヒト感染が報告されている。初発症状は非特異的で一般的である。症例が元来健康な医療従事者に集中していることや、集中治療が必要な患者の割合をみると、特に警戒が必要である。この「21世紀」病は、このほかにも影響がおよぶ可能性がある。SARSが広がり続けるなら、相互に密接に結びつき、依存しあっている世界において、すでにおよそ300億ドル(3.6兆円:$1=120円)と推計されているが、非常に大きな世界経済への影響を及ぼす。

前例の無い緊急旅行勧告へ結びついた出来事の時系列
重症急性呼吸器症候群(SARS)はベトナムで、平成15年2月28日に、ハノイのWHO事務所の疫学者であったCarlo Urbani博士が、原因不明の重症肺炎の患者を診察したときに初めて診断された。平成15年3月10日に、ハノイのフレンチ・ホスピタルの病院職員22人が同様の急性呼吸器症候群に罹患し、3月11日には同様の集団発生が香港の病院職員の間で報告された。

SARSは異型肺炎のサーベイランスが強化されている時期に起こった。二人の疫学者の採用で体制を強化した北京のWHO事務所は、2月10日から中国政府と共に、平成14年11月16日から平成15年2月7日の間に、305症例と5死亡例が報告された、医療従事者、その家族、接触者を巻き込んだ広東省の異型肺炎の集団発生について、さらに情報を集めようとしていた。症例の30%は医療従事者であったと報告されている。家族と中国福建省へ旅行した33歳の男性が、2月17日に香港で死亡したことが解ったときには、さらにサーベイランスが強化された。香港当局は翌日、鳥のインフルエンザの原因であるトリインフルエンザAウイルス(H5N1)が、男性と彼の入院した9歳の息子の両方から分離されたと報告した。家族のもう一人、8歳の娘が福建で死亡し当地で埋葬されている。

3月12日にハノイ、香港、北京のWHOチームらと共にアジアの状況を検討した後に、医療従事者が高い危険に曝されていると思われる、原因不明の重症の異型肺炎の症例について世界的な警報が発せられた。

WHOは2日後の3月14日にカナダ政府から、保健当局が病院職員、救急隊員、全州に渡った公衆衛生ユニットに対して、トロントのひとつの家族から4人の異型肺炎の患者が出て、2人が死亡したと言う警報を出した旨の報告を受けた。翌日3月15日の午前2時ジュネーブ時間に、シンガポール政府がWHOに緊急通信で、ハノイのフレンチ・ホスピタルから自主的にシンガポールへ退避してきたひとりを含む、シンガポールでの重症呼吸器症候群の医療従事者を治療してきた32歳の医師が同様の症状を呈していることを報告してきた。このシンガポールの医師は、医学学会のために米国へ旅行しており、終了後ニューヨークからシンガポールへの帰国機に搭乗した。出発前に彼は、電話でシンガポールの同僚に、彼がシンガポールで治療した患者に似た症状が有ることを伝えていた。この同僚が保健当局に報告した。WHOはこの航空会社と機体を特定し、この医師と同行の家族を経由地のドイツのフランクフルトで降機させ、医師本人は直ちに隔離され、医療の手に委ねられた。同行の家族もまた、数日後に発熱と呼吸器症状で発症した際に、同様の対応をした。この迅速な対応の結果、ドイツではこの3例の輸入例に関連した、これ以上の患者拡大は無かった。

3月15日の朝遅く、このような背景と時間系列順の出来事に基づいてWHOは、3月12日に出されていた世界的警報のレベルを引き上げる決断をした。この判断は、5つの異なる、しかし関連した要因に基づいている。第一に原因であるが、この疾患については未だ知られていない。それゆえに拡大の可能性がある。第二に集団発生が、患者を看る医療従事者に、そして患者の家族や他の密接な接触のある人に非常に大きなリスクをもたらすと考えられる。第三に、多くの異なる抗菌薬や抗ウイルス薬が経験的に使われたが、いずれも効果がないようであった。第四に、最初はその数そのものは少ないが、かなりの割合の患者が(ハノイでは26人の病院職員中25人が、香港では39人の病院職員中24人が)急速に呼吸不全へ進行し、集中治療を必要とするようになり、元来健康な人の間で死亡者が幾人か出た。最後に、この疾病はそのはじめの焦点であったアジアを出て、北アメリカやヨーロッパにも広がり始めたことである。

この時点で、SARSの疫学はほとんど解っていなかった。インフルエンザの強毒性のものも、伝播形式がインフルエンザとしては典型的では無いにも拘らず、可能性のある原因から除外されていなかった。また、この新しい疾病が最近の他の新しい疾病と同様に、効果的なヒトーヒト感染を維持することができなくなったり、ヒトで継代されていくにつれて、その病原性が弱まったりして、自ら収束に向かうのではないかと言う幾許かの希望もあった。疾病に関して原因も、どのように展開するかなど何も解らないにも拘らず、伝播確認地域で、またこれ以上の国際的拡大を防ぎ、この新しい疾病が蔓延する機会を減らすために、SARS集団発生の拡大を阻止する一連の緊急手段を導入することが強く望まれた。それ故にWHOは3月15日に、まれな緊急旅行勧告を国際旅行者、医療専門家、保健当局に対して出すことを決断した。

この世界的警報は、以下の症例定義に当てはまる異型肺炎の患者に対して、注意を喚起した:

―高熱(>38℃)
―咳嗽、息切れ、呼吸困難を含む、ひとつ以上の呼吸器症状

そして
以下のひとつ以上を満たす:

―SARSと診断された人と密接な接触がある
―SARSの症例を報告している地域への最近の渡航歴がある

世界的警報は同時に、国際旅行の傾向そのものは変更の必要が無いことを勧告していた。しかしもし、旅行客が上記に記載された徴候と症状を認め、SARSが報告されている地域への渡航歴を持つ場合には、保健当局へ報告することとした。この警報の後、警戒の程度が直ちに上昇し、多くの新しい集団発生が疑わしい症例の、迅速な隔離と厳格な管理で未然に防がれた。

しかしながら、3月15日の勧告の後にも2つの初期の集団発生が生じた地区であるベトナムと香港で、SARSの国際的な拡大が広がっていたことが、3月27日に明らかになった。これは、SARSと一致する症状の人々と同じ便に搭乗し、彼らの近くに座っていた人たちにSARSと一致する症状が発現したと言うものであった。まさにこの日に、引き続きこの感染性の病原体の国際的拡散防止を意図して、国際旅行に関する新しい対策を勧告することが決定された。この勧告の内容は、SARSの伝播確認地域、つまりヒト―ヒトの感染鎖で伝播が起こっていることが知られている地域で、国際的旅行客でSARSの徴候、症状、そして現病歴のある者を検知する対策をとり、これに該当する者は国際旅行を延期し、医療機関の助言を仰ぐよう助言すると言うものであった。この勧告は、3月27日以後すぐに、ほとんどの伝播確認地域で取り入れられた。

しかしながら、心配は引き続き重なって行った。3月29日に香港の淘大花園(アモイガーデン)の緊急調査が始まり、翌日に保健当局は213人の住人がSARSの可能性例であったことを発表した。これに続いて、淘大花園(アモイガーデン)と同じ九竜地区の、ひとつのホテルの同じ階の宿泊客と訪問者の間という、時間と場所で密接に関連した異常な症例の集積が報告された。この同じ日に9人の商用と観光の旅行者たちがそれぞれ香港から、シンガポール、北京、台湾へ、有症であるいはSARSの潜伏期間の間に帰っていった。

ホテルと住宅団地での集団発生はSARSが香港では通常と異なる伝播経路を取っていることを示していた。おそらくは環境要因が関与し、他の国々での集団発生で関連付けられている医療施設の限られた環境の外の人まで、危険に曝しているのではないかと考えられていた。香港への旅行と関連して、シンガポール、北京、台湾で起こった9例のSARS可能性例は、国際的拡大の危険が続いていることを示していた。WHOチームと旅行専門家への相談が行われた。4月2日には、香港へ旅行を考えている人は、どうしても必要な旅行以外は自主的に延期するようにという勧告が発表された。同時に、広東の4ヶ月間に渡る長期の集団発生が続いており、これらの症例がベトナムと香港で用いた症例定義を満たしていることを、WHOチームと中国政府が確認したため、また広東の伝播形式が依然解らないため、この状況下で広東の外にSARSを広げない様に最高の安全策として、広東にも香港と同様な勧告が出された。

航空機内での伝播した可能性がある症例に関しての報告は続き、調査がされている。最近では4月5日に、SARS患者が海路で香港からウラジオストック(ロシア連邦)へ旅行したと言う報告を受け取った。これは、ウイルスの国際移動の可能性がある第二のルートを開いた。

WHOの旅行勧告は常に再検討され、さらにSARSの状況変化の情報がもっと集まるにつれて補完していく予定である。

教訓:改革と国際的共同研究の価値

3月15日から3週間の間に得られた知識には、目覚しいものがある。これは新興の感染症における国際的協力の価値と、早期発見と国際的拡大を防止し、輸入症例が他の人に疾患を移さないことを確実する助けとなる緊急対策の迅速な導入の大切さを示すものである。

WHOが3月15日に緊急計画を立て始めた時に、SARSの起因病原体の同定と診断検査の開発は、封じ込め対策全体の中でも最高の重要性が与えられた。疾病の早期発見、症例の確認、感染経路の理解、目標を定めた治療のための治療計画の開発、ワクチンの研究と開発、そして疾患特異的予防方法などはすべて、原因論的、診断学的研究の速やかな進展と成果に掛かっていると言えるからである。しっかりした公衆衛生上の対策にもまた、異なる組織内や分泌物の中の、病原体の存在と濃度や、疾病の経過と回復に伴う排出状況に関する知識が必要である。原因病原体が不明である限りは、感染症コントロールの専門家は中世の時代の微生物学の時点まで遡った感染制御手段、つまり隔離と検疫をすることを余儀なくさせられる。

3月17日に、世界中の代表的な11の研究施設のネットワークが、SARSの原因病原体の同定作業を促進させる機構として設立された。この研究施設は3つの基準に基づいて選ばれた。この基準とは、科学的専門性がぬきんでており、バオセーフティー・レベル3の施設があり、特定疾病の原因となる感染性病原体の同定に必要な、コッホの4原則を満たすことの確認に必要な一組の実験や試験を行うのに貢献する許容があるかどうかであった。このネットワークはインフルエンザのネットワークをモデルに設立され、もうひとつ重要な教訓を与えてくれることとなった。つまり、あるひとつの健康危機に対して設立されたモデルやシステムは、他の事項へ利用するために迅速に適応させることが可能であると言うことである。

共同研究は物理的なものではない。ネットワークの成員はWHOによって調整された毎日の電話会議で協議し、安全対策を施され成員以外が入れないウェブサイト上に候補のウイルスの電子顕微鏡写真、ウイルスの同定と特性の確定ための遺伝子断片のシークエンス、実験の解説、そして結果を掲載して利用した。それぞれの研究所に先端の競争力を与えている、よく守られた秘密の技術が、直ちにつつみ隠さず他と共有された。研究所はまた患者検体から病理解剖の組織まで、種々の試料を速やかに交換した。この取り決めは、同じ患者からの検体を同時に平行して、それぞれ異なる手法に秀でたいくつかの研究室で分析し、その結果をリアルタイムに共有することを可能にした。この共同研究によって異例の速度で、原因病原体として疑わしいものを同定することと、3つの診断検査の開発に繋がった。

SARSの患者からウイルス分離がつづけられた。ウイルスは同時に涙や糞便からも分離された。これらの様々なことに関する出版物は、この共同研究グループの成員により準備されているが、急性のこの感染症を診断するための、感受性の高い、特異的PCR検査法が依然として必要とされている。

地域内でのSARSの伝播があるすべての地域からの研究者からなる、同様の疫学に関する協力グループはヒト―ヒト感染が伝播の主な形式であることを確認し続けている。本日このグループは、香港の調査結果について情報を交換し、関与の可能性がある環境因子を特定しようとしている。これは、シンガポールの通常とは異なる新しい集積を理解する上で有用であると証明されるだろう。鍵となる疑問には伝播が起こっているのが、潜伏期と感染の経過のうち正確にどの時期であるか、無症状の症例もSARSを感染させることができるのかが含まれる。これらの疑問はSARSの伝播の大きさと、封じ込めの対策の成功をより良く評価するために、必ず答えを得なくてはならない。

第3番目は臨床家のグループで、SARSの症例がある13カ国から80人の臨床医を連携し、特定の抗菌薬や抗ウイルス薬の効果が無いことなど、継続的に示唆にとんだ情報を提供し、2箇所で系統だったリバビリンの臨床試験を開始している。彼らの議論は、初診時の疾病の特徴や、疾病の治療と経過、予後の指標、退院の条件などに光を当てた。どの治療方法も今のところ特別な効果は挙げていない。臨床家たちは、SARS患者の一部、多分10%ほどは、大体7日程度で症状が悪化し、人工呼吸器の助けが必要となる。これらの人々に対する看護はしばしば他の疾患の存在により修飾され複雑になる。この群の中では、死亡率は高い。年齢が40歳以上であることも、疾患が重症化することと関連している。各国はWHOによって提供された指針と、医療上の理由での国民の避難が可能かどうかとか、感染した場合に保険が適用されるかどうかなどを考慮のうえ、国民に対して旅行勧告を出している。

3月28日の世界的対策の第2週の終わりにあたり、当初は世界的警戒態勢と対策活動に対して協力を渋っていた中国が、SARSについて研究をしていた3つのワーキング・グループの正式な協力者となり、アジアの他の地区で起こっている集団発生は広東省の集団発生に関連しているということが分かった。中国政府はSARSを最優先事項としたと発表した。すべての新興、あるいは流行の可能性がある疾病に対する警戒態勢と対策活動のシステムが構築されつつある。省ごとの、新規症例と死亡例の毎日電子報告システムが始まった。同様に重要なことは、保健当局が毎日、報道機関への記者会見を開き放映するようになったことであり、これによって国民や医療従事者に特徴的な症状や、直ちに医療機関を受診する必要があることや、患者を隔離と厳格な感染制御の原則に則って管理することが必要であることへの注意を喚起する重要な一歩を取ったことになる。

続く数週間と数ヶ月で、世界的警戒態勢と対策活動で現在のSARS集団発生を収束させ、人間の社会に蔓延する新たな感染症となることを防ぐことができるのかどうか、叉SARSが本来の性質の範囲に止まり、また次の機会と場所で再興するのかどうかが分かる予定である。すべての国に、国際的拡大を示すあらゆる新しい感染症の新興を防止する責任がある。すべての国境が微生物学的脅威の挑戦に対しては穴だらけであるこの世の中では、すべての人々と国々にとって、入手でき次第直ちに情報が共有されることは非常に重要なことである。そうすることによって、国の遠近にかかわらず、この国際化世界ではすべての隣国が、知り得た知識により恩恵を受けることができる。


 
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