国立感染症研究所 感染症情報センター
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◆ 腸チフス 2006年(2007年3月31日時点)


腸チフスはチフス菌(Salmonella Typhi)の感染によって起こる全身性疾患である。チフス菌の感染はヒトに限って起こるので、患者および無症状病原体保有者の便と尿、およびそれらに汚染された食品、水、手指が感染源となる。通常は1〜3週間の潜伏期の後、39〜40℃の発熱が出現する。主要症状は高熱の持続で、他に特記すべき症状はないことが多い。比較的徐脈(高熱のわりに脈拍数が増えない)、バラ疹(高熱時に出現し、2〜5日で消える)、脾腫が3主徴であるが、出現率は30〜50%台とされる。便秘、時には下痢がみられることがある。合併症として腸出血、腸穿孔があるが、ニューキノロン系薬が使用されるようになってからは稀である。しかし最近、ニューキノロン系薬低感受性の症例の増加が問題となっている(病原微生物検出情報IASR Vol. 26 No. 4 p89-90, 2005参照)。また、適切な治療がなされないと、再発・再燃や慢性のチフス菌保菌者になることがある。
図1. 腸チフスの報告症例の年別・感染地域別推移 図2. 腸チフスの報告症例の推定感染地域別・性別・年齢群別分布(2006年) 図3. 腸チフスの報告症例の推定感染地域別・発症月別分布(2005年12月〜2006年)

腸チフスは1999年4月1日施行の感染症法に基づく二類感染症として、疑似症患者、無症状病原体保有者を含む症例の届け出が、診断した全ての医師に義務づけられている(注)。過去の年間累積報告数は、2000年86例、2001年65例、2002年62例、2003年63例、2004年71例、2005年50例であり、2006年の報告数(診断週が2006年第1〜52週のもので、2007年3月31日までに報告されたもの)は72例であり、過去6年間と比べ、2000年に次いで多かった(図1)。2006年の72例の報告のうち、疑似症が6例で、無症状病原体保有者は7例であった。無症状病原体保有者は、探知された患者と食事や渡航を共にした者に対する保健所等による調査などによって発見されたものである。

疑似症を除く66例は、男性49例、女性17例で、年齢中央値24歳(1〜78歳)であった。確定または推定として報告された感染地域は、国内10例、国外54例、不明2例であった。死亡例の報告はなかった。

病原診断は細菌培養により行われているが、検体の種類をみると、患者(59例)では血液および便7例、血液および尿1例、血液のみ38例、便のみ11例、胆嚢摘出後のドレーン廃液1例、耳下腺炎症例の耳下腺穿刺液1例であった。無症状病原体保有者(7例)では便5例、尿1例、 胆汁1例(他疾患のための検査として採取)であった。また、パラチフスとの混合感染(感染国:インドネシア)、ジアルジアとの混合感染(感染国:インド)が各1例報告された。

国内を推定感染地域とする10例(男性8例、女性2例)について年齢群別にみると、10代1例、20代3例、30代1例、40代1例、60代2例、70代2例(年齢中央値38歳)であった(図2)。患者6例のうち、発症日の記載があったものは5例であったが、発症月に明らかな傾向はみとめられなかった(図3)。また、いずれも散発例であり、感染源は特定されなかった。

国外を感染地域とする54例(男性40例、女性14例)について年齢群別にみると、10歳未満4例、10代2例、20代34例、30代9例、40代1例、50代4例(年齢中央値23.5歳)で、20代(特に男性)、次いで30代が多く、これらで全体の80%を占めた(図2)。患者52例のうち、発症日の記載があった46例について発症月をみると、4月(9例)、1月(7例)に多かった(図3)。また、感染地域別にみると、南アジアが38例で57%を占めた(インド31例、パキスタン2例、バングラデシュ1例、インド/ネパール3例、ネパール/バングラデシュ1例)。

他は多い順に、東南アジアが11例(インドネシア8例、フィリピン2例、タイ1例)、南アジアまたは東南アジア4例(インド/タイ、バングラデシュ/シ ンガポール、インド/バングラデシュ/タイ、インド/ネパール/東南アジア各1例)、東アフリカ1例(マダガスカル)であった(図4)

図4. 腸チフスの報告症例の推定感染地域の割合(2006年)

ワクチンとしては、欧米先進国では新世代の注射莢膜多糖体ワクチンおよび経口生ワクチンがあり、発展途上国への渡航者を対象に接種されている。しかし、わが国ではいずれも未承認である。

予防の基本は感染経路の遮断であり、特に流行地への渡航などでは生水、氷、生の魚貝類、生野菜、カットフルーツなどを避けることが肝要であり、手洗いの励行も重要である。また、無理な旅行日程などによって体調をくずし、抵抗力を落とさないよう心がけることも大切である。

(注)感染症法改正により、2007年4月1日から、コレラ、細菌性赤痢、腸チフス、パラチフスは、腸管出血性大腸菌感染症と同じ三類感染症に変更され、患者及び無症状病原体保有者が届出対象(疑似症患者は対象外)である。

IDWR 感染症発生動向調査週報 2007年第14週「速報」に掲載)




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