国立感染症研究所 感染症情報センター
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◆ 腸チフス 2008年(2009年3月10日時点)


 腸チフスはチフス菌(Salmonella Typhi)の感染によって起こる全身性感染症である。一般のサルモネラ感染症とは区別され、パラチフスとともにチフス性疾患と総称される。チフス菌の感染はヒトに限って起こるので、患者および無症状病原体保有者の便と尿、それらに汚染された食品、水、手指が感染源となり、経口的に感染する。通常は1〜3週間の潜伏期の後、発熱で発症する。熱は段階的に上昇して39〜40℃に達する。主要症状は発熱の持続で、他に特記すべき症状がないことが多い。比較的徐脈(高熱のわりに脈拍数が増えない)、バラ疹(高熱時に出現して数時間で消える)、脾腫が3主徴とされるが、これらの出現率は30〜50%程度である。便秘、時には下痢のみられることもある。また、昏迷状態など意識障害を起こすこともある。合併症として腸出血、それに続く腸穿孔を起こすことがあるが、ニューキノロン薬が治療に使用されるようになってからは稀となった。しかし最近、ニューキノロン系薬低感受性菌の増加、耐性菌の出現が問題となっている。

 腸チフスは感染症法(1999年4月施行)に基づく2類感染症として、疑似症患者、無症状病原体保有者を含む症例の届出が、診断した全ての医師に義務づけられた。その後、法改正(2007年4月施行)により3類感染症に変更され、現在は患者及び無症状病原体保有者が届出対象(疑似症患者は対象外)である。無症状病原体保有者は、探知された患者と食事や渡航を共にした者に対する調査などによって発見されるほか、他の疾患に伴う検査や、健診などにおいて発見されている。

 2008年の報告数(診断週が2008年第1〜52週のもので、2009年3月10日までに報告されたもの)は57例であった。過去の年間累積報告数は、2000年86例、2001年65例、2002年62例、2003年63例、2004年71例、2005年50例、2006年72例、2007年47例であり、2008年は感染症施行以降の年間報告数として、2007年、2005年に次いで3番目に少ない報告数であった(図1)。57例は、患者55例、無症状病原体保有者2例であった。無症状病原体保有者は、1例は胆石の手術により発見され、もう1例は過去に腸チフス治療歴があり、尿中白血球数増多の精査により発見された(尿路感染ではないと判断されている)。

図1. 腸チフスの年別・感染地域別報告数(2000〜2008年)

 全57例の性別は男性33例、女性24例で、年齢中央値は29歳(0〜86歳)であった。確定または推定として報告された感染地域は、国内9例、国外47例、不明1例であった。死亡例の報告はなかった。

 患者55例で報告された症状は、高熱52例、下痢35例、脾腫21例、比較的徐脈14例、便秘7例、腸出血1例、腸穿孔1例、意識障害1例であった(以上は届出様式に記載されていて選択された症状)。また、その他の症状として、頭痛、腹痛、嘔気・嘔吐、呼吸困難、筋肉痛、皮下膿瘍、多臓器不全などの自由記載があった。

 病原診断は細菌培養による菌の分離・同定により行われるが、検体の種類は、患者(55例)では血液44例、血液および便3例、血液および尿1例、便5例、骨髄液1例、皮下膿瘍1例であった。無症状病原体保有者(2例)では胆汁1例、尿1例であった。(※薬剤感受性検査やファージ型別等の菌の詳細な検査は、治療上、疫学情報上有用であり、国立感染症研究所において検査を実施して動向監視しているので、菌株の提供を保健所を通じて医療機関にお願いしている。結果は病原微生物検出情報http://idsc.nih.go.jp/iasr/index-cj.html に隔月に掲載しているので、ご参照ください。)

 国内を感染地域とする9例(男性5例、女性4例)について年齢群別にみると、10代1例、20代1例、30代1例、50代1例、60代1例、70代1例、80代3例(年齢中央値69歳)であった(図2)。患者8例(無症状病原体保有者1例を除く)のうち、発症日の記載があった7例の発症月は、2、3、5、7、8、9、11月であった(図3)。また、いずれも散発例であり、多くが感染源・感染経路は不明であるが、記載のあった3例のうち1例は下水処理従事者であり汚水からの経口感染が、2例は過去に腸チフスに罹患歴があり長期保菌者であったためと推定されていた。

 国外を感染地域とする47例(男性28例、女性19例)について年齢群別にみると、10歳未満3例、10代4例、20代20例、30代16例、40代3例、50代1例(年齢中央値29歳)で、特に20代、次いで30代、10代の順に多かった(図2)。患者47例のうち、発症日の記載があった42例について発症月をみると、9月(9例)、3月と10月(5例)に多かった(図3)。感染地域別では、南アジアが36例(インド23例、インド/ネパール6例、ネパール4例、バングラデシュ2例、パキスタン1例)と最も多かった。他は多い順に、東南アジアが9例(インドネシア6例、フィリピン1例、タイ1例、ベトナム1例)、南アジア/東アジア1例(インド/ネパール/台湾)、南アジア/中東/東南アジア1例(インド/イラン/タイ)であった(図4)

図2. 腸チフスの感染地域別・性別・年齢群別報告数(2008年) 図3. 腸チフスの感染地域別・発症月別報告数(2008年) 図4. 腸チフスの感染地域割合(2008年)


 予防のためのワクチンとしては、新世代の経口生ワクチン、および注射不活化ワクチン(莢膜多糖体ワクチン)があり、欧米先進国では流行地への渡航者を対象に接種されている。しかし、わが国ではいずれも未認可であるため、一部の医療機関や予防接種センターなどで、個人輸入により接種が行われている。ニューキノロン低感受性菌・耐性菌の存在、流行地への赴任者等での需要、ワクチンの安全性と有効性などから、今後わが国でも認可されることが望まれるワクチンである。

 感染症予防の基本は感染経路の遮断であるので、日頃から手洗いの励行を心がけ、流行地への渡航などでは生水、氷、生の魚貝類、生野菜、カットフルーツなどを避けることが肝要である。また、無理な旅行日程などによって体調をくずし、抵抗力を落とさないよう心がけることも大切である。

※他に、腸チフスの発生状況に関する情報として、週報(IDWR)速報、病原微生物検出情報(IASR)特集:腸チフス・パラチフスを参照できます。
http://idsc.nih.go.jp/disease/typhoid/index.html からご覧ください。





IDWR 感染症発生動向調査週報 2009年第30週「速報」に掲載)




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