国立感染症研究所 感染症情報センター
Go to English Page
ホーム疾患別情報サーベイランス各種情報
◆ 腸チフス 2010年(2011年3月25日時点)


 腸チフスはチフス菌(Salmonella Typhi)の感染によって起こる全身性感染症である。一般のサルモネラ感染症とは区別され、パラチフスとともにチフス性疾患と総称される。チフス菌の感染はヒトに限って起こるので、患者および無症状病原体保有者の便と尿、それらに汚染された食品、水、手指が感染源となり、経口的に感染する。通常は1〜3週間の潜伏期の後、発熱で発症する。熱は段階的に上昇して39〜40℃に達する。主要症状は発熱の持続で、他に特記すべき症状がないことが多い。比較的徐脈(高熱のわりに脈拍数が増えない)、バラ疹(高熱時に出現して数時間で消える)、脾腫が3主徴とされるが、これらの出現率は30〜50%程度である。便秘、時には下痢のみられることもある。また、昏迷状態など意識障害を起こすこともある。合併症として腸出血、それに続く腸穿孔を起こすことがあるが、ニューキノロン薬が治療に使用されるようになってからは稀となった。しかし最近、ニューキノロン系薬低感受性菌の増加、耐性菌の出現が問題となっている(http://idsc.nih.go.jp/iasr/30/350/dj3501.html)。

 腸チフスは感染症法(1999年4月施行)に基づく2類感染症として、疑似症患者、無症状病原体保有者を含む症例の届出が、診断した全ての医師に義務づけられた。その後、法改正(2007年4月施行)により3類感染症に変更され、現在は患者及び無症状病原体保有者が届出対象(疑似症患者は対象外)である。無症状病原体保有者は、探知された患者と食事や渡航を共にした者に対する調査などによって発見されるほか、他の疾患に伴う検査や、健診などにおいて発見されている。

 2010年の報告数(診断週が2010年第1〜52週のもので、2011年3月25日までに報告されたもの)は32例であった。過去の年間累積報告数は、2000年86例、2001年65例、2002年62例、2003年63例、2004年71例、2005年50例、2006年72例、2007年47例、2008年57例、2009年29例であり、2010年は感染症法施行以降の年間報告数として、昨年に次いで2番目に少ない報告数であった(図1)。32例は、患者31例、無症状病原体保有者1例であった。無症状病原体保有者は、同居家族に患者がおり接触者調査で発見された。

図1. 腸チフスの年別・感染地域別報告数(2000〜2010年)

 32例は男性15例、女性17例で、年齢中央値は28.5歳(3〜85歳)であった。確定または推定として報告された感染地域は、国内5例、国外26例、不明1例(無症状病原体保有者)であった。死亡例の報告はなかった。

 患者31例で報告された症状は、高熱30例、脾腫17例、下痢15例、比較的徐脈14例、便秘6例(うち2例に下痢もあり)、バラ疹2例、胆石1例であった。腸出血、腸穿孔、意識障害、難聴、慢性胆嚢炎の報告はなかった(以上は届出様式に記載されていて選択された症状)。また、その他の症状として、頭痛1例、咳嗽・頭痛・筋肉痛1例、腸腰筋膿瘍1例、回盲部リンパ節腫大1例、肝機能異常・膵炎疑い1例、胆嚢炎・敗血症1例の自由記載があった。

 病原診断は細菌培養による菌の分離・同定により行われるが、検体の種類は、患者(31例)では血液22例、血液および便5例、血液および胆汁1例、便2例、膿汁(腸腰筋膿瘍)1例であった。無症状病原体保有者(1例)では便であった。

 国内を感染地域とする5例(男性4例、女性1例)について年齢群別にみると、10歳未満1例、30代1例、40代1例、70代1例、80代1例(年齢中央値46歳)であった(図2)。患者5例の発症月は、2、4、8月であった(図3)。また、感染源・感染経路についてはいずれも不明であった。

 国外を感染地域とする26例(男性11例、女性15例)について年齢群別にみると、10歳未満2例、10代1例、20代12例、30代8例、40代1例、50代2例(年齢中央値26歳)で、従来どおり20代、30代が多かった(図2)。発症月の記載があった23例について発症月をみると、9月を除いて毎月報告がみられており、目立った季節性は見られなかった(図3)。また、26例の感染地域別では、南アジアが18例(インド14例、ネパール2例、バングラデシュ2例)と最も多く、これは従来と同じであった。他は多い順に、東南アジアが5例(インドネシア2例、フィリピン1例、ミャンマー1例、タイ/カンボジア/ラオス1例)、南アジア/東南アジア1例(インド/マレーシア)、南アジア/アフリカ1例(バングラデシュ/セネガル)、南米1例(ペルー)であった(図4)。感染源・感染経路の詳細が記載されていたものは4例で、内訳は水(生水)3例、生野菜・サラダ1例であった。

図2. 腸チフスの感染地域別・性別・年齢群別報告数(2010年) 図3. 腸チフスの感染地域別・発症月別報告数(2010年) 図4. 腸チフスの感染地域割合(2010年)

 予防のためのワクチンとしては、新世代の経口生ワクチン、および注射不活化ワクチン(莢膜多糖体ワクチン)があり、欧米先進国では流行地への渡航者を対象に接種されている。しかし、わが国ではいずれも未認可であるため、一部の医療機関や予防接種センターなどで、個人輸入により接種が行われている。ニューキノロン低感受性菌・耐性菌の存在、流行地への赴任者等での需要、ワクチンの安全性と有効性などから、今後わが国でも認可されることが望まれるワクチンである。感染症予防の基本は感染経路の遮断であるので、日頃から手洗いの励行を心がけ、流行地への渡航などでは生水、氷、生の魚貝類、生野菜、カットフルーツなどを避けることが肝要である。また、無理な旅行日程などによって体調をくずし、抵抗力を落とさないよう心がけることも大切である。

●薬剤感受性検査やファージ型別等の菌の詳細な検査は、治療上、疫学情報上有用であり、国立感染症研究所細菌第一部において検査を実施し動向を監視しているため、菌株の提供を、保健所を通じて医療機関にお願いしています。結果は病原微生物検出情報誌http://idsc.nih.go.jp/iasr/index-cj.html で隔月に掲載しているので、ご参照ください。

●他に、腸チフスの発生状況に関する情報として週報(IDWR)速報、病原微生物検出情報(IASR)特集:腸チフス・パラチフスを参照できます。http://idsc.nih.go.jp/disease/typhoid/index.html からご覧ください。





IDWR 感染症発生動向調査週報 2011年第12週「速報」に掲載)


Copyright ©2004 Infectious Disease Surveillance Center All Rights Reserved.