北海道のライム病の実情

本邦では1987年に最初のライム病が長野で報告されて以来、本州中部以北から北海道といった寒冷地を中心にその報告例は増加しつつある。本邦のライム病は一般に軽症例が多いといわれているが、症例数も約100 例と少なく、その臨床像は明確に把握されていない。我々も1988年に1例目を報告して以来、すでに1996年の夏までに37例の症例を経験し、そのうち24例は皮疹部からボレリアを分離培養することに成功した。また本邦におけるライム病の媒介者は北海道を含めて、ほとんどすべてシュルツェマダニ(Ixodes persulcatus)の雌であることも確認されている。今回これらの症例の簡単なまとめを報告する。平均年齢は51歳、男女比はほぼ1:1で、全例にダニ刺咬の既往が明確にあり、遊走性紅斑(erythema migrans:EM)出現までの期間は平均は12日であった。Stageは33例(89%)がI期で、II期は4例(11%)で、III期の関節炎を示す症例は認められなかった。媒介者を確認できた症例は3例で、すべてシュルツェマダニであった。37例中28例の生検皮膚組織から病原体の検出をBSK 培地の使用により施行し、24症例からボレリアの分離に成功した。主症状は37例ともに皮膚症状であり、このうち34例は典型的に遊走性紅斑(EM)といえる皮疹であった。環状紅斑の長径は平均21cmで、50cmを超える例もある。病原体を確認できた24例中23例は長径5cm以上の紅斑であった。神経症状としては2例(5.4%)に顔面神経麻痺が見られた。関節痛は8例(22%)に認められ、そのうち6例は罹患関節がダニ刺咬部に解剖学的に近い部位である。血清学的診断は37例中22例に施行した。その内訳はELISA 法6例、MCAT法4例、FASTLYME法10例、IFA法3例、Western blot法4例である。このうち17例(77%)は血清学的にも陽性結果が得られた。ダニ刺咬後3週間以降であればELISAやFASTLYMEなどいずれも有用であったが、2週間以内のごく早期の症例では全例陰性であった。また、血清学的に陰性の時期であっても4症例は皮疹部からボレリア分離が可能であった。これら分離されたボレリアはほとんどがBorrelia garinii、一部B. afzeliiであった。

マダニ刺咬症のうち何%にライム病が発症するかは現在不明である。しかし遠軽厚生病院皮膚科では1992〜1993年の2年間に30例がマダニ刺咬症で受診し、そのうち3例(10%)にEM所見を認めた。そこで1995年の1年間に当科関連施設や寄生虫学教室にダニの同定やライム病検索の依頼を受けたマダニ刺咬症について検討してみた。マダニ刺咬症は全部で78例あり、ライム病(EM)が見られたのは9例(12%)であった。マダニ刺咬発生から受診までの日数が分かった60例で検討したところ、非ライム病症例はほとんど3日以内に受診し、ライム病症例は2週間以降に受診したのが多かった。1996年も同様の調査を行ったところ、マダニ刺咬症92例中明確にライム病(EM)と診断し得たものが9例(9.8%)であった。これらの結果からボレリア汚染地域である北海道道北地方においては、マダニ刺咬症の約10%にライム病が発生することになるが、さらなる検討を要する。

旭川医科大学皮膚科学講座 橋本喜夫
旭川医科大学寄生虫学講座 宮本健司

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