わが国における百日咳の血清疫学調査

百日咳の血清疫学調査は、厚生省伝染病流行予測調査事業(以下、流行予測事業と略)において1975年度から感受性(抗体)調査が実施されてきた。当初は不活化菌体百日せきワクチンの接種効果を評価するために、百日咳菌凝集素価の測定が実施されてきた。しかし、1981年秋から無毒化したPT(百日咳毒素)とFHA(繊維状赤血球凝集素)抗原が主成分の沈降精製百日せきワクチンの接種が開始されたので、それを評価するために抗PTおよび抗FHA 抗体価を測定するELISA 法(ELISA-PLATE 法:以下、PLATE 法と略)が開発され、1983年度からこの方法も導入され、従来の凝集素価と併行して調査が1990年度まで実施されてきた。PLATE 法については測定値にバラツキが大きく、特に低抗体価の検体において顕著であった。このPLATE 法に比べ、感度、特異性および再現性に優れ、低抗体価の検体においても安定した測定成績が得られるELISA-BALL法(以下、BALL法と略)のキットが開発され1)2)、1994年度から流行予測事業に正式採用となり、現在はこの方法のみで調査が行われている。流行予測事業での調査対象者は、予防接種と疾病の関連という面から、百日咳では0〜9歳の乳幼児と小児であり(本号特集参照)、10歳以上の年齢群の調査は行われていない。近年、成人の百日咳感染が乳幼児の感染源となる問題も指摘されており、幅広い年齢群での調査が必要とされている。

本報告は、1994年度流行予測事業で当研究所血清銀行に保存された、0歳〜57歳までの血清検体を用いて、百日咳の防御抗原(PTおよびFHA )に対する抗体価を測定した結果である。検体は秋田、茨城、埼玉、山口、福岡、宮崎県の各地研で収集されたもので、各年齢群別(0〜1、2〜3、4〜6、7〜9、10〜12、13〜15、16〜19、20〜24、25〜29、30〜39、40歳以上の11グループ)に約25検体をランダムに選び、合計 258検体について調べた。抗体価の測定はBALL法で行った。

全検体についての両抗体価の測定結果を図1に示すが、図中の各年齢群の平均抗体価は各年齢群の平均年齢の位置にプロットして変動を示した。なお、検出限界(1EU/ml)未満の抗体価は0.5 として計算した。本調査での各年齢群別(0〜9歳の4グループ)の平均抗体価は、1994年度流行予測事業の結果3)に比較して低い値で、特に抗PT抗体価で顕著であった。その変動パターンは抗 FHA抗体では類似していたが、抗PT抗体では若干異なっていた。これは調査県数と検体数の相違等が大きな原因であった。流行予測事業では10都道県 1,071検体の結果であり、特に低年齢群の抗体保有状況は各自治体の予防接種状況によりかなり相違していたので3)、本調査ではバイアスがかかってしまったと思われる。なお、両抗体価がともに検出限界未満の検体は0〜1歳群で約半数にのぼり、そのすべてがワクチン未接種者であったのが特筆される。一方、10歳以上の平均抗体価は、抗PT抗体では16〜19歳群でピークを示し徐々に低下していったが、抗FHA 抗体では10〜12歳群のピークから20〜24歳群まで低下し、その後は一定であった。なお、抗PT抗体では検出限界未満の検体が30歳以上で増加したが、抗FHA抗体ではそのような傾向は見られなかった。

わが国における百日咳のこのような調査は、高山ら4)の1985年東京都立駒込病院における6〜75歳までの 472検体を調べた例がある。当時の調査結果をもとに、高山らはわが国では百日咳菌がまだ蔓延しており、ワクチン接種の重要性を喚起している。本報告はその9年後にあたるが、思春期から成人以降(ワクチン接種後長期間経過)の抗体価で非常に高い例も見受けられ、百日咳菌に感染(不顕性感染を含む)した可能性が示唆される。この可能性は、ワクチン接種者の抗体(特に抗PT)保有率が年齢を経ると低下すること(本号特集参照)からも支持できると思われる。したがって、乳幼児に接触する可能性のある成人が百日咳の感染源となることが本調査の結果からも予想される。現在でも乳幼児へのワクチン接種は重要な予防対策の一つと考えられる。

最後に、本調査はジフテリア抗体および破傷風抗体についても同じ検体で測定を行った。それらの結果を含め予防接種との関係等について別の機会に報告する予定である。

参考文献
1)Y. Sato et al., Develop. Biol. Standard.,73,167-173,1991
2)H. Kuno-Sakai et al., Vaccine, 10, 350-352,1992
3)近田俊文・松永泰子、1994年度伝染病流行予測調査報告書、112-131,1996
4)N.Takayama et al., Med. Microbiol. Immunol.,178,1-8,1989

国立感染症研究所細菌・血液製剤部
近田俊文 蒲地一成 荒川宜親
同 感染症情報センター 松永泰子
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