子牛が感染源と考えられた腸管出血性大腸菌O103:H2家族内感染事例について−秋田県

1996(平成8)年7月26日、腸管出血性大腸菌(EHEC)検索のため下痢患者糞便16検体が県内の医療機関から送付された。PCR法と分離培養の併用により、翌7月27日夕刻、県内のY病院を受診した患者(6歳男児)の検体からVT1遺伝子とeaeA遺伝子を保有する2株のEHECが分離された。分離株はいずれも生菌ではO群別不能であったが、加熱死菌( 121℃ 15分)では1株がO18に群別され、他は市販のO63抗血清に凝集を示し(後にO103であることが確認された)、H抗原型は共に2であった。

当該患者を診察した医師から食中毒の届出を受けた管轄保健所は患者家族の検便検査、感染源調査、疫学調査を開始した。患者家庭の家族構成は、患者の弟2名(2歳および11カ月)を含む9人家族であった。家族の検便検査の結果、2人の弟から EHEC O63(後でO103と同定):H2(VT1+ eaeA+)が分離された。感染源調査のため、残存していた食品、飲料水(沢水)についてEHECを検索したが、すべてEHEC陰性であった。一方、患者の家庭では敷地内の牛舎で黒毛和種牛を3頭(親牛2頭、子牛1頭)飼育していた。管轄保健所はこれらの牛に着目し、3頭の直腸便についてEHECを検索した結果、子牛から VTEC O63(後でO103と同定):H2(VT1+ eaeA+)と VTECO20:HUT(VT1+ eaeA-)が、親牛1頭から VTECO153:HUT(VT1+ VT2+ eaeA-)が分離された。

表1に本事例で分離されたEHECの一覧を示した。患者とその兄弟2名、および子牛から分離された抗血清O63に加熱菌で凝集した株はいずれも生菌ではO群別不能であったことから、患者由来のEC-281株を代表株としてThe International Escherichia and Klebsiella Centreに血清型別を依頼したところ、当該株の血清型はO103:H2と決定された。そこで、EC-281株に対する免疫血清を調製し、定量凝集試験、吸収試験を実施した結果、弟2人と子牛から分離された3株(EC- 282、EC-283、EC-294)はいずれもEC-281と同様にO103群であることが明らかとなった。

ヒト由来株と子牛由来株の関連を検討する目的でXba I消化DNAのパルスフィールド電気泳動(PFGE)パターンを比較検討した結果、供試した EHEC O103:H2 4株は同一パターンを示した(図1)。また、4株は薬剤感受性パターン、プラスミドプロファイルも完全に一致しており、これらのことから、患者由来株と子牛由来株の起源は同一であることが示された。一方、管轄保健所が実施した疫学調査により (1)牛舎と当該家庭の厨房が直線距離で4mと接近していたこと、 (2)患者が牛舎の近くで遊ぶ姿がしばしば目撃されていたこと、 (3)患者が物や指をなめる癖を家族に指摘されていること、 (4)牛の飼育担当者が日中子供の世話をしていたことが明らかとなった。以上の事実から、本事例は EHEC O103:H2による家族内感染事例であり、その感染源は子牛であると結論された。

中澤らは国内の牛にO103:H2を含む多種類のVTECが分布していることを報告しており(感染症誌 68(11)、1437-1439、1994)、わが国においても牛がEHEC下痢症の感染源として重要であろうと思われる。しかし、実際に牛が感染源であることが解明された事例は今までほとんどなかったことから、今回我々が経験した事例は貴重であろう。さらに、牛から分離された3種類のVTECのうちヒトに感染したと考えられるのはeaeA遺伝子を保有するO103:H2だけであり、このことはEHECのヒトに対する感染成立機構を考える上で興味が持たれる。

一般に、O157群以外のEHECに感染した場合、比較的軽症に推移することが多いとされている。今回の事例においても主症状は下痢などであり、血便、HUSは発症しなかったが(表1)、P. Mariani-KurkdjianはHUSを発症した小児から EHEC O103:H2を分離したことを報告している(J. Clin. Microbiol. 31(2) 、296-301、1993)。今回分離されたO103群の他、分離頻度が高いO26群など、O157群以外のEHECに対しても十分な注意を払うべきである。

秋田県衛生科学研究所
八柳 潤 齋藤志保子 木内 雄 鈴木陽子 佐藤宏康
前秋田県衛生科学研究所長 森田盛大

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