1996年度に分離された腸管出血性大腸菌O157:H7のパルスフィールドゲル電気泳動による解析

厚生省食品保健課によると、1996年中に発症が判明した患者数は、有症者累計9,451名、無症者累計669名、現在入院中2名、入院者累計1,810名、死者累計12名である(http://www.mhw.go.jp/o-157/index.html)。このうち未だその数が確定されていない集団発生もあり、実際に、相当数のEHEC O157:H7感染患者が1996年にみられたことになるであろう。これに対して、国立予防衛生研究所(現国立感染症研究所)細菌部では、パルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)とRAPD-PCR を用いてEHEC O157:H7の分子疫学的解析を行った。前者は微生物の染色体を制限酵素により特異的に切断した後、パルスフィールドゲル電気泳動装置を用いて分離、そのパターンを比較することにより、各分離菌の比較を行う。後者は複数のDNA 増幅産物が得られるような条件で、分離菌の染色体DNA を鋳型としてPCR を行いそのパターンを比較する。ここでは、前者の手法により得られた結果を述べる。

解析した株のうちO157:H7は1,808株であった()。PFGEのためのサンプルの調製、PFGEの条件に関しては我々が作成したマニュアルを参照されたい(請求先、国立感染症研究所・細菌部)。

当研究室で用いた条件により、EHEC O157:H7の染色体DNAは20kbから600kb以上にわたる、20本以上の断片に分けられ、分離菌ごとに様々なパターンを示した。分類の簡素化のために、100kb以下、100kb〜 200kb、350kb以上の大きさのDNA 断片に特徴的な泳動パターンがみられた場合、各領域をそれぞれtypeI〜VIに分類し、その中の細分類を、アルファベット小文字で表した。表の中では、100kb以下の領域の分類を用いて表している。図1に、集団発生由来のI〜VIの代表的なパターンの泳動像を示す。

集団発生事例の解析:1996年5月〜6月におこったEHEC O157:H7による7件の集団発生(岡山県邑久町、新見市、岐阜県岐阜市、広島県東城町、愛知県春日井市、福岡県福岡市、大阪府河内長野市)からの分離菌のPFGEパターンは、発生場所が異なるにも関わらず、非常に類似していた。我々はこの泳動パターンをtypeIに分類した。それぞれの集団発生由来株は、各集団発生ごとに同一の泳動パターンを示したが、集団発生間ではわずかなDNA 断片の相違がみられた。違いのみられた断片の大きさは75kbと50kbであり、これにより、各集団発生由来株を3つのパターンIa、Ib、Icにわけることが出来た(Ia、75kb断片保持;Ib、50kb断片保持;Ic両者を持たない)(図1レーン1〜7)。Ibの菌は岐阜県岐阜市における集団発生での原因食品としておかかサラダから検出されているが、そのサラダの材料からは検出されておらず、汚染原因の特定は出来ていない。

6月、群馬県境町の小学校で発生した集団事例は、VT2 だけを産生する菌によるものであった。これのPFGEパターンはtypeIとは異なっていた(type IV)(図1レーン9)。この集団発生に関しても検食から菌は検出されず、また疫学的に原因食品も示されていない。

6月、東京都港区の仕出し弁当による集団発生由来株は、主として、東京都立衛生研究所で解析された。この集団発生由来株のPFGEパターンをtype IIdに分類した。

7月に大阪府堺市の小学校で起こった集団発生は有症者5,727名と報告されている。我々は、堺市衛生研究所より頂いたこの集団発生由来株35株の解析を行った。この中で、26株は同じPFGEパターンを示したが(図2aレーン1)、55kb、90kb、200kb、420kb断片によるパターンの変異を示したものがそれぞれ2/35、4/35、1/35、1/35、1/35の頻度でみられた(図2aレーン2〜6)。発生日、患者の発生パターン、喫食等、疫学的にひとつの集団発生と考えられる例であるにもかかわらず、比較的高頻度にこれらの変異が観察されたため、55kbならびに90kbのDNA 断片が、染色体、プラスミドのどちらに由来するのかをサザンハイブリダイゼーションで調べた(図2b)。この結果、これら2つのDNA 断片がともにプラスミド由来であることが明らかになった。このプラスミド由来のDNA 断片による変異を除くと、最も高頻度にみられたパターン(図2aレーン1)からの変異と考えられるパターンは2種類(図2aレーン5、6)でともに1/35の頻度で観察されたことになる。また、同時期に近畿周辺で起こった集団発生(大阪府羽曳野市の老人ホーム、京都府京都市の会社、和歌山県橋本市ならびに御坊市の老人ホーム等)由来株の解析を行った。これらの株のいずれもが、堺市由来株のうち最も高頻度にみられたPFGEパターンと同一のパターンを示した(図1レーン12〜14)。

1996年9月に岩手県盛岡市の小学校で起こった事例に関しては、当初より、疫学的にかぼちゃサラダが原因食であることが示されていた。磁気ビーズを利用した細菌検査により、保存されていた検食の、かぼちゃサラダとシーフードソースからEHEC O157:H7が検出された。引き続いて行ったPFGEにより、この食品由来株と患者由来株のPFGEパターンが一致することが示された。この事例は、細菌検査、分子疫学検査の結果を待たないでも、疫学調査の結果が十分に真実を明らかにしていることを示している。この集団発生由来株のPFGEパターン(図1レーン15)は、7月に大阪府、京都府、和歌山県で起きた5件の集団発生由来株のPFGEパターンとは、100kb以下のDNA断片の5本のバンドに相違がみられ(データは示さず)、5件の集団発生株とは異なる菌株であった。また、この事例では、有症者数を上回る感染者数が報告されている。

1996年10月に北海道帯広市の幼稚園で発生した集団感染では、じゃがいもを使用したサラダが、疫学的に高いodds ratio(これを食べた群の中の感染者が、これを食べないコントロール群と比べ何倍高いかを示した値)をもつことが示され、実際にこのサラダからEHEC O157:H7が検出された。我々はこの食品由来株のPFGEパターンをIIIhに分類した(図1レーン16)。1996年に検出された唯一のtype IIIのEHECによる集団発生事例である。

散発事例の解析:typeIに分類された3種の菌(Ia、Ib、Ic)は複数の集団発生のみならず、多くの地域で散発例からも分離されている。Iaのパターンを示す菌は、1996年6月〜11月に至る約6カ月間にわたり、主として西日本を中心に多くの地域で分離されている。IbならびにIcの菌が検出された地域(Ib岡山県新見市、岐阜県岐阜市、愛知県春日井市、大阪府河内長野市;Ic岡山県邑久町の集団発生を含む)も複数みられた。

堺市や、その周辺でみられた集団発生と時期を同じくして、1996年7月中旬に近畿地方でEHEC O157:H7感染散発例が多くみられ、その発症、分離期日は一峰性を示した。この時期に、これらの散発例から分離されたO157:H7のほとんどは、堺市分離株と同じPFGEパターン(IIa)を示した。

6月に神奈川県三浦市で発生した散発事例は、9歳男児の牛レバー生食によるものであることが疑われ、これを供した焼肉店の牛レバー等からEHEC O157:H7 (VT2のみ産生)が分離された。患者由来菌株と食品由来菌株のPFGEパターンは一致し、これをVaに分類した(図1レーン17)。

群馬県境町の事例と同じPFGEパターンを示す菌が埼玉県本庄市(境町の利根川対岸)ならびに千葉県富津市在住の患者から同時期(6月下旬)に検出されている。また、7月下旬には、高知県幡多郡での散発例から、9月下旬には佐賀県多久市の保育園から分離されている。また、東京都の散発例にもこのパターンを示す菌がみられる。

牛由来株の解析:解析した食肉、牛直腸内容物由来株のうち、疫学的関連が指摘された数例(上記神奈川県三浦市の散発例など)を除き、患者株と同一のPFGEパターンを示した株はほとんど存在しなかった。センマイ(牛の第三胃)、赤センマイ(センマイに付着している脂肪)からtype Iaの菌、牛直腸内容物から同様にtypes Ia、Icの菌が分離されたが、患者由来菌との疫学的関連は不明である。

まとめ:EHEC O157:H7による集団感染、散発事例由来株相互の比較を行うには1)再現性に優れていること、2)多くの情報量が得られ、多数の株の比較が可能であること、3)迅速に結果が得られることが必要である。PFGEは1)、2)に優れているが、細菌培養に要する時間まで考えると集団発生に歯止めをかけられるのに必要な速さを期待することは出来ない。また、ここで述べたような多くの集団事例、散発事例の比較をみてもわかるようにPFGEの解析結果からだけでは最終的な感染源、汚染源の特定をすることは出来ない。これらの目的のためには統計学に基づく迅速な疫学調査が不可欠である。これに加えて、1つの食品が多府県にわたり流通している現状を考えると、各地方行政府のみならず、中央行政府、特に食品になる以前の野菜や家畜を管理する農林省と食品を管理する厚生省の協力が不可欠であると考えられる。

国立感染症研究所細菌部 和田昭仁 寺嶋 淳

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