わが国における美麗食道虫の人体感染の第1例
美麗食道虫は本来羊、牛などの反芻類や豚などの食道に寄生する線虫で、1850年にLeidyらによってアメリカ合衆国で初めて人体寄生が報告された。甲虫類やゴキブリが中間宿主で、ヒトへの感染は偶然に中間宿主を摂食することによる。現在、人体寄生例は世界中で48例が報告されており(アメリカ合衆国、旧ソビエト連邦、中国、ブルガリアなど)、今回わが国での最初の症例が見出されたので報告する。
患者は34歳の男性で、特記する既往歴、海外渡航歴はない。1996年8月頃より左下唇内側の口内炎を繰り返し、近医を受診した。12月に炎症部位より糸状の異物が出ていることに気付き、同医院医師がピンセットで除去した。顕微鏡下で観察した結果虫体であることが確認されたので、その同定のため杏林大学病院第三内科を受診した。身体所見、一般検査所見とも正常で、口内炎も自然治癒していた。虫体は体長46.12mm、体幅0.39mm、尾長0.22mm、陰門は体の中央より下方に開孔しているのが観察されたが子宮内には未成熟の卵子が見られ、未熟雌虫であることが分かった。頭部には背唇と腹唇、それに1対の側唇が観察され、体前方約1mm内の体表には本種独特の卵形疣状の隆起物が多数見られた。
今までに報告された症例では女性より男性が1.9倍の割合で多く、臨床的には繰り返す口内炎で発見される例が多く、偶然口腔内に動く虫体を発見し検出される症例も報告されている。血液、生化学検査等の報告は少ない。
杏林大学医学部熱帯病・寄生虫学教室
春木宏介 辻守 康
国立感染症研究所 影井 昇