The Topic of This Month Vol.18 No.8(No.210)


わが国における蜂刺症

従来、本月報の特集記事の主題は、感染症サーベイランス事業の対象疾病を主としてきたが、平成9年4月の研究所の名称変更・一部組織再編を機に、今後は当研究所が関わっている他の重要な疾病をも扱うこととした。今月の特集は、感染症ではないが、昆虫医科学部が関係している蜂刺症(はちししょう)を取り上げた。

1.蜂刺症の現状

わが国では、蜂刺症の対象となる蜂類としては、スズメバチ類16種、アシナガバチ類11種、ミツバチ類2種、マルハナバチ類14種が知られている。このようにわが国に生息するハチ類は米国や欧州諸国の種類数と比べてはるかに多く、このことがハチ毒の種類を多くし、ハチ毒アレルギーの問題を複雑にしている。

現在までに厚生省に届けられた蜂刺症による死亡者の統計によると、年変動があるものの毎年30〜40名が蜂刺症の犠牲になっている。1984年には73名を数え、今までの統計上最多数となっている(表1)。また、1994年も44名で、毒蛇咬傷による死亡数(過去3年の平均で10.7人)よりはるかに多い。月別蜂刺症発生状況をまとめた長野県佐久総合病院の報告によると、受診患者のピークは8月に見られ、全体の約9割が7〜9月に集中している。この時期はスズメバチ、アシナガバチ類では巣のサイズが最大規模に達しており、働きバチの巣を守る防衛行動も高まっている。各都道府県からの報告を厚生省がまとめた衛生害虫発生状況の統計では、ハチ類の相談および駆除依頼件数は、シラミ類、ダニ類、ネズミ類などに関する件数を超えて、過去3年間トップを占めており、10年前と比べ約9倍に増加している(図1)。このような急激なハチ類発生数の増加傾向は、都市部近郊において人の居住地域がスズメバチやアシナガバチ類の生息域に隣接または入り込んだこと、以前と比べアウトドア・スポーツ人口の増加等による人の野外活動が盛んになったこと、小型、中型スズメバチ類の重要な天敵であるオオスズメバチの数が都市部近郊で最近減少している等の諸要因が関わっていると考えられる。

2.蜂刺症はどのような場面で起こっているか

蜂刺症による死亡症例の統計は全国的に把握されている。今までに報告されている死亡症例では、庭木の剪定作業中に数匹のセグロアシナガバチに刺されてショック症状を呈し死亡した例、キノコ狩りに出かけ大型スズメバチに数10カ所刺されて意識消失しそのまま死亡した例、林業関係者が収穫調査中に突然スズメバチの攻撃を受けて意識を消失し、医療機関に搬送された時点で心停止状態に陥りそのまま死亡した例などである。大部分の症例は致死量を超えた毒液の注入による死亡ではなく、IgE 抗体が関係したI型アレルギーが原因と考えられる。これらの例の場合、健康な人に突然訪れる死であり、また多くの症例では数10分から数時間で致死することから悲惨である。なお、死亡症例の大部分は40歳以上の中高年層に多いのが特徴的で、男性死亡者数は女性の3倍である(表2)。

重症例では、山間部での地質調査の仕事中に突然キイロスズメバチに14カ所刺され約20分間意識を失った例、トラックの運転士が自宅から出勤時にホソアシナガバチに腕を1カ所刺され、約10分後運転中に意識が朦朧となって路線バスと正面衝突をした例、クロスズメバチに背中を3カ所刺されて全身の蕁麻疹、呼吸困難を起こして救急外来で治療した例、自動車運転中に窓から飛び込んだアシナガバチに首筋を刺され頸部全体に浮腫が起こり呼吸困難に陥った例などさまざまな症例がある。これらの症例を分析すると蜂刺症は我々の生活の中で普通に起こりうることを示しており、また、農林業従事者がハイリスクを負っている事が理解できる。

3.ハチ毒アレルギー、治療およびその対策

ハチ類の毒成分は大別すると酵素類、ペプチド類、低分子物質の3つが知られている(表3)。これらの成分は結合組織破壊、血圧降下、細胞膜透過性亢進、痛み、平滑筋収縮などを起こすことが知られており、蜂刺されによる毒液注入によってこれらの物質が総合的に働いて激しい諸症状が出現する。I型アレルギー患者は過去に同じ種または近縁の種のハチに刺された経験を持つ場合が多い。毒液中の酵素類はハチ類で部分的に共通したアミノ酸配列を持つことから、ある種の毒成分に対してIgE 抗体を持つ人は複数種のハチ毒に対するアナフィラキシーの惹起にも十分注意する必要がある。

蜂刺症の治療には抗ヒスタミン剤を含むステロイド軟膏を刺傷部に塗布し、冷湿布をする。全身症状の強い場合は抗ヒスタミン剤やステロイド剤を内服する。ショック症状が認められた場合は,エピネフリンを0.3〜 1.0mg皮下注射し、気道確保、血管確保、気管支拡張剤とステロイド剤の投与および不整脈対策を行う。なお、一部の医療機関でハチ毒アレルギーの既往歴のある人に減感作療法が行われているが、減感作用に輸入されたアレルゲンはまだ認可されておらず、治験的に行われている。米国ではハチ毒アレルギーの人が全人口の1〜3%ほどいると推定されている。近年、わが国の都市部でのスズメバチ類の増加傾向等を考えると適切なハチ毒アレルギーの診断および治療対策を立てる必要がある。

なお、予防対策としては、野外活動中にスズメバチ類の巣と突発的に遭遇し、見張りのハチに威嚇や攻撃を受けた場合、大声で騒いだり、腕でハチ類を追い払う事は厳禁である。姿勢を低くして巣から速やかに離れる事が重要である。


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