Salmonella Enteritidis食中毒の全国実態調査結果
1996年は腸管出血性大腸菌O157による食中毒が全国的に猛威をふるった年であった。そのため、ここ数年注目されていたSalmonella Enteritidis(以下S.E.)による食中毒の印象も薄くなってしまった感があった。しかしながら、1996年の全国の食中毒統計によるとサルモネラ食中毒は、事件数、患者数ともに第1位を占め、3名の死亡者もでており沈静化の気配は見られない。わが国におけるサルモネラ食中毒の急増は、以前から本誌で分析されているように、諸外国と同様に血清型Enteritidisの増加によると考えられている。S.E.食中毒は世界的な規模での拡がりをみせているが、媒介物として鶏卵の関与が示唆されている。WHOでは、たびたび緊急会議を開催しており、世界各国に鶏卵のサルモネラ汚染に対する警告を発している。今回、我々はわが国におけるS.E.食中毒の実態調査を行ったので概要を報告する。事業は、地域保健推進特別事業(平成8年度、国10/10)をうけて実施した。
事業内容は以下の4点に要約される。
(1)全国のS.E.事件の調査報告(事件詳報)を収集・分析する。
(2)S.E.菌の微生物学実験の検討。
(3)鶏卵の生産から消費にいたるルートの調査を実施する。
(4)以上の結果をもとに畜産部局と連携して、行政横断的、総合的な食品保健対策を実施する。
ここでは、(1)を中心に報告をする。調査の方法は、まず全国のS.E.事件を食中毒事件録(厚生省監修、食品衛生協会編:1986年〜1993年)と病原微生物検出情報(1996年1月号まで)の『流行・集団発生に関する情報』をもとにデータベース化した。その結果、1986年〜1995年の10年間の全国事件数 383件(患者総数41,069人)を対象とした。次に、個々の事件の詳細を分析するために全国の自治体にデータベースをもとに該当事件の調査記録の写しを送付依頼した。回答自治体数は、53(発送数56、回収95%)、入手した事件録は 301事件(301/383、把握率79%)であった。
年次別発生数(図1)では、1989年より急増しており、サルモネラ食中毒の増加は本誌の指摘のように血清型Enteritidisによると思われた。月別発生件数(図2)では、夏期が中心になっているが腸炎ビブリオと比べると比較的通年性となっていた。秋期から初冬の事件では、当初は集団風邪の判断がされている場合も目についた。事件の規模は、患者数100人以上の大規模事件が26%を占めていた。原因施設の分析では、図3のように大量調製する施設に多発しており、集団給食施設の内訳(図4)では、サルモネラに対しハイリスクと考えられる老人ホームや保育所などの福祉施設や学校給食、病院給食などが目立っていた。潜伏時間の分析(図5)では、平均29時間27分であり、24時間を超える事件は全体の70%を占めていた。なお、サルモネラの潜伏時間は、教科書等ではこのヒストグラムと異なり、12時間〜24時間の記載が多く見受けられる。
S.E.食中毒と鶏卵の関係について述べる。原因食として多くの卵食品が認められた。具体的には、スクランブルエッグ、卵サンドイッチ、オムレツ、自家製マヨネーズ、とろろ料理、錦糸卵、だし巻き、卵焼き、自家製アイスクリーム、ティラミス、ババロア、ミルクセーキなど多彩な卵料理が原因食としてあげられている。しかし、原因食のメニューに卵関連の食品があった比率は57%と意外に低い値であった(図6)。卵関連の食品がない事件は、主に二次汚染が原因と考えられていた。
この結果を踏まえて、S.E.菌が調理場環境に生残しやすく、また除菌しにくい状況があるのではないかとの仮説を立て細菌学的実験を試みた。結果として次のような結論を得た。1)S.E.菌は菌単独で存在するよりも卵成分とともに存在する場合に環境に生残しやすい。2)熱耐性では、卵成分とともにS.E.菌が存在する場合は、加熱による滅菌効果は低減する。3)消毒薬の効果でも、S.E.菌が卵成分とともに存在する場合は、その消毒効果は低くなる。
以上の結果から、わが国のS.E.食中毒の発生原因は、汚染卵を使用した食品が原因という単純な理由だけでなく、調理環境に生残したS.E.菌による二次汚染の関与も大きいと考えられた。実験結果はサルモネラ属全般が持っている性質であると考えられる。S.E.菌が鶏卵を媒介物としていることが、世界的にもその制御を難しいものにしていると思われた。すなわち、S.E.菌とともに存在する卵成分が、ある時には加熱や消毒薬からの防御として、また、ある条件ではS.E.菌の栄養分として働いているのではないかと推測された。
S.E.食中毒の防止対策には、食品衛生の視点だけでは限界があり、鶏卵自体の汚染率を下げることもきわめて重要である。そこで、畜産部局の情報を収集するとともに、生産から消費にいたるルートを確認するように努めてきた。ここ数年で、生産者側の対策も進んできているが、中村政幸氏(北里大学・獣医畜産学部家禽疾病学)らの指摘のように、鶏卵の流通に対しては何らかの対策が必要と思われた。
最後に、病原微生物検出情報に掲載されたS.E.に関する数多くの特集や記事が、本事業の取り組みのきっかけとなった事に感謝いたします。なお、事業報告書を希望される方は、三重県桑名保健所企画調整課(0594-24-3626)までご連絡下さい。また、ご意見、ご感想をお待ちしています。
三重県桑名保健所 長坂裕二
(E-mail:nagasaka@po.inetmie.or.jp)