新型インフルエンザ対策報告書(抜粋)
厚生省新型インフルエンザ対策検討会(座長:山崎修道・国立感染研所長)は本年5〜10月に計9回の検討会を開き、10月24日報告書を公表した。
新型インフルエンザ対策に関する報告書の内容は、大きく二つに分かれる。一つは事前の準備で、もう一つは新型インフルエンザが出現した場合の対応(行動計画)である。以下には、「事前の準備」部分の要約を載せる。
なお、報告書の目次は次の通りである。I.はじめに、II.定義、III.総論−新型インフルエンザの危機、出現の助走過程、出現理論、予測震源地、出現様式、影響、IV.各論:1.対策の必要性、2.事前の準備(1)感染症情報の収集、分析および還元、(2)ワクチン(基本的考え方、供給体制の整備、計画的接種の準備、開発研究、系統保存庫の整備、(3)予防内服薬、(4)情報の提供、3.新型インフルエンザが出現した場合の対応(行動計画)(1)行動計画の流れ、(2)新型インフルエンザウイルスの確認と発生地周辺における感染拡大および健康被害の状況の把握、(3)対応体制の確立、(4)国内における感染の有無や拡大状況の把握、(5)ワクチン接種、(6)予防内服薬、(7)医療供給体制の確保、(8)情報の提供・公開、(9)感染予防の徹底、(10)対策の評価と蓄積
事前の準備
(1)感染症情報の収集、分析および還元(以下、発生動向調査)
1)新型インフルエンザ発生動向調査の考え方
現行の厚生省結核感染症発生動向調査(旧称サーベイランス)事業の定点での患者発生、病原体検出の充実・強化を行う。冬季に限定せずに調査を行う。病原体の検出はヒト、トリ、ブタ等を対象とする。新型インフルエンザが発生した場合には、発生地域での積極的発生動向調査を行う。
2)発生動向調査体制の確立
ア)国内の発生動向調査:まず第一に、ウイルス検査体制の強化が必要である。地方衛生研究所と国立感染研との連携を密接にし、地研職員の研修会の実施、情報交換の強化を行う。既知の試薬で同定できない検体は感染研に送り、そこで検査する。新型インフルエンザの可能性がある場合には、緊急調査班を現地に派遣する。第二に、患者発生動向調査を強化しておく。現行の定点は小児科に偏っているが、重症化しやすい特定の集団についての健康評価を的確に行えるように改善する。国民への健康影響の定量的評価も行えるようにする。超過死亡率も指標とする。第三に、トリ、ブタのインフルエンザウイルスの動向を監視する。第四に国民の抗体保有状況調査を行う。イ)世界規模の発生動向調査:WHOのインフルエンザ研究協力機関は4カ所あり、豪州血清研、米国CDC、英国医学研、日本感染研である。ヒト、ブタ、トリが密着して生活している中国南部が新型インフルエンザ出現の候補地であるためWHOが中心となって中国南部に調査定点を数カ所設定しているが、わが国の積極的な技術支援が期待されている。
(2)ワクチン
1)基本的考え方:ワクチンの有効性については、わが国における有効性の評価についての混乱に対して一定の科学的結論を導き出すために国内外の報告について慎重な検討が行われた結果、高齢者も含め、その有効性が確認され、新型インフルエンザ対策の基本はワクチン接種であるとされた。
2)ワクチンの供給体制の整備:
ア)ワクチン生産を進める上での問題点:現行のワクチンは、発育鶏卵でウイルスを増殖させたものから作る。製造企業で自家試験が行われ、さらに感染研で国家検定が実施され、全工程で6〜8カ月が必要とされる。新型インフルエンザ発生の場合は、この期間をいかに短縮できるか、さらに発育鶏卵の確保が問題である。イ)ワクチン生産体制の整備:わが国のインフルエンザワクチンの出荷量は1980年代の半ばから減少し始め、さらに1994年の予防接種法改正で任意接種になったことにより減少している。これは欧米での近年の大幅な増加と対照的である。この減少は、新型インフルエンザワクチンの緊急増産の大きな障害となる。ウ)単味ワクチン:新型インフルエンザワクチンは新型抗原のみ(単味)を含むワクチンになる。集団接種のためには10ml製剤を作る。エ)検定期間の短縮化:現在標準的な国家検定の期間は80日になっているが、緊急時に備えてその短縮化の方法を検討する。オ)緊急増産の可能性:現行の製造企業5社の年間供給可能試算量は10,000〜20,000リットルであるが、緊急増産の実行可能性を検討しておく必要がある。
3)ワクチンの計画的接種の準備
ア)政府による購入・管理の基本的考え方の整理:新型インフルエンザの汎流行の際には、ワクチンに対する需要が供給を大幅に上回ることが予測されることから、政府による購入・管理について検討することが重要である。イ)予防接種実施計画の策定:段階的に生産されるワクチンが効率的に接種されるように、接種優先集団* の選定を行っておく。新型ウイルスには基礎免疫がないので、2回接種が基本となる。ウ)副反応監視体制の検討。エ)予防接種の補償責任の検討:予防接種法第6条に基づく「臨時の予防接種」となった場合には、健康被害は予防接種法の救済措置の対象となる。
4)ワクチンの開発研究
現行の発育鶏卵増殖ワクチン生産の改良に加えて、組織培養増殖ウイルスワクチン、DNAワクチン、人工膜ワクチン、遺伝子組換えワクチンなどの開発が必要とされる。
5)ワクチン株の系統保存庫の整備
ブタ、トリから分離されたウイルスを保存し、新型インフルエンザが出現した際にすみやかにワクチン製造に入れる体制を構築する。
(3)予防内服薬
1)基本的な考え方:1964年に米国で開発されたアマンタジンは、A型インフルエンザに対する予防内服・治療薬として米国で用いられている。日本では、この薬はパーキンソン病の治療薬として承認されている。アマンタジンは基本的にワクチンを補完するものとして考える。
2)有効性・安全性と供給体制:欧米での研究では、アマンタジンはA型インフルエンザの発症を50〜90%程度予防するとされている。一方で、10〜20%に精神神経への副作用がある。
3)政府による購入・管理:アマンタジンは5年間保存できる。日本では抗パーキンソン薬として、米国の5〜6倍の使用量になっている。
4)指針の作成:アマンタジン使用に関する指針をあらかじめ作っておく。
5)予防内服薬に対する今後の方向性:新型インフルエンザ発生の場合には、緊急に使用できるよう検討を行う。
(4)情報の提供
新型インフルエンザ流行が発生した場合、国民に混乱が生じないように情報を提供する。
*註 ワクチン接種の優先集団
集団A 医学面からみた対象:インフルエンザに罹患すると経過も重く、死亡率が高い集団。具体的には、高齢者(65歳以上)、妊婦、慢性肺疾患患者、心疾患患者、腎疾患患者、代謝異常患者、免疫不全状態の患者、また重症心身障害施設等収容施設入所者等が含まれる。
集団B 罹患すると重症化しやすい集団への感染源の立場からみた対象:罹患すると重症化しやすい集団に該当する者にインフルエンザを伝播する集団。具体的には、医療従事者、老人保健施設等の従業員、同居家族(特に乳児の母親)等が含まれる。
集団C 社会機能の維持の立場からみた対象:社会の基本的なサービスを提供しており、インフルエンザに罹患することによって社会機能の麻痺を招く恐れのある集団。具体的には、医療従事者、警察官、消防関係者、行政担当者、通信および交通運輸関係者、電力およびエネルギー業界関係者、自衛隊員等が含まれる。
集団D 幼児、児童(小学生)