静岡県における大複殖門条虫感染者の多発
大複殖門条虫症はほとんど日本に限局した条虫症であり、これまで静岡県や高知県を中心に200例あまりが報告されている(本月報Vol.15、No.3、1994参照)。その後静岡県では1992年までに44例が報告されているが、毎年の発生数は数例程度であった。ところが1996年になって県内での症例が急増したため、アンケート調査などにより県内の症例の把握を行った。
虫体の排出が確認できた1996年の発生数は計46例であり、過去の報告例数に匹敵する数となった。患者の多くは下痢・腹痛などを訴えたが、無症状のものもあった。排出された虫体の多くは未成熟で、虫卵が確認できたものは4例にすぎなかった。発生時期はすべて5月〜9月の間で、特に6〜7月に集中し、6月だけで26例(57%)を占めていた。患者のうち40例(87%)は男性で、年齢別に見ると50代、60代が29例(63%)を占め、高齢者に多い傾向が見られた。地理的には県中部を中心とする沿岸部に集中していた(図)。
大複殖門条虫の第2中間宿主はまだ特定されていないが、これらのことから春先に静岡県で生食される魚介類の伝統的な食習慣が関与していることが示唆された。患者の生食歴を調べたところ、イワシ、カツオ、マグロ、アジ、イカなどの摂食が見られたが、中でも15症例の集団発生があった1病院の患者に共通していたのはイワシ類の稚魚であるシラスの生食であつた。1996年5月は例年に比べシラスの漁獲量が極端に多く、感染から1カ月程度で虫体が排出されると考えると、患者の発生時期とよく符合する。また、本症の発生には季節性があり、それが地域により異なることが知られているが、静岡県では春〜夏にかけての発生が多い。シラスの漁獲量は通常春に多く、それに伴い生食の頻度も高い。従って、静岡県における大複殖門条虫感染の原因がシラスの生食である可能性は極めて高いと思われる。
駆虫に関してはガストログラフィン19例、プラジカンテル13例、アミノサイジン7例などであったが、自然排虫だけの例も3例認められた。ガストログラフィンは虫体の認められた17例全例において頭節を持った虫体が回収され、本虫感染に対する有効な治療法であることが示唆された。
また、今回の調査で1991年からの5年間にこれまで未報告の症例が10例確認された。過去にはこのように表面に出ていない症例も多くあるものと思われる。一方、1997年に入ってからは、これまでのところ数例程度の発生しか確認されていない。従って1996年の多発は突発的なことと考えられ、この原因については疫学的観点からも興味深く、他の宿主の動向も含めて今後さらに検討したい。
浜松医科大学寄生虫学教室 記野秀人 寺田 護
静岡県西部食肉衛生検査所 堀 渉
榛原総合病院 小林宏始
静岡県環境衛生科学研究所 中村信也
水産庁遠洋水産研究所 長澤和也