The Topic of This Month Vol.19 No.2(No.216)


マイコプラズマ肺炎

異型肺炎は、細菌性の定型肺炎と対比させるための名称で、胸部X線写真で一過性の肺浸潤像を呈する非細菌性肺炎という概念で包括されている。報告によっても異なるが、通常、異型肺炎の30〜40%、流行年には60%程度が肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)によると言われている。M.pneumoniae以外には、アデノウイルスや、クラミジア等によっても起こる。

マイコプラズマは自己増殖可能な最小の微生物で生物学的には細菌に分類されるが、他の細菌と異なり細胞壁を欠くため多形態性を示し、ペニシリン、セフェム等の細胞壁合成阻害剤には感受性を示さない。ヒトからよく分離されるマイコプラズマは7種あるが、このうち病原性が明らかなのはM.pneumoniaeのみであり上気道炎、気管支炎、肺炎などの呼吸器感染症を起こす。肺炎はM.pneumoniae感染者の約3〜5%に起こり、細菌性感染の場合に見られる膿性の喀痰は伴わず、症状がかなり遷延して頑固な乾性咳嗽が続く特徴がある。また、発熱、頭痛、咽頭痛、悪寒、全身倦怠など通常の呼吸器感染症状以外に、下痢、嘔吐などの消化器症状が認められることが多い。M.pneumoniae感染症の潜伏期間は10〜15日と長い。神奈川県衛生研究所がM.pneumoniaeの家族内感染を調査した報告によると、初発者発病から続発者発病までの間隔は7日以内〜28日で、15〜21日が最も多く(43例中21例)、平均14日であった(本月報Vol.18、No.12参照)。さらに、多彩な合併症が報告されており、中でも髄膜炎、脳炎、ギランバレー症候群等を含む中枢神経系症状、発疹等の皮膚病変が小児例に多く、肝機能障害は成人例に比較的多い。

日本におけるマイコプラズマ肺炎の流行は、実験室診断による疫学調査(新津泰孝他、抗酸菌病研究雑誌、30:57-64、1978)がなされた1968年〜1978年までは、オリンピック開催年に重なって4年おきに流行したことより「オリンピック病」とも呼ばれてきた。近年、細菌性肺炎が激減した中で肺炎全体に占めるマイコプラズマ肺炎の比率は高まっており、小児科の患者では発生頻度の高い感染症の一つに数えられる。細菌性肺炎は乳幼児および65歳以上の高齢者に多発するのに対し、マイコプラズマ肺炎は幼児、学童および青年期年齢に多い。マイコプラズマ肺炎の患者発生数には男女差はない。

病原診断として咽頭材料からM.pneumoniaeの分離を行う培養法は特殊な培地と日数(2〜4週間)を必要とし、操作もやや煩雑で、雑菌増殖による検査不能例が5〜10%発生するため、歓迎されていない。現在、実験室診断の主流を占めるのは血清抗体測定法である。種々の抗体測定法の中で、間接担体凝集キットが数種市販されており、これらを使用すれば極めて簡便で迅速な検査ができるが、発病1週間以内では陰性を示す例も多い。最近、PCR 法によるM.pneumoniae検出が可能となり、次第に多くの機関で使用されるようになっている(本号3ページ参照)。

マイコプラズマ肺炎は臨床的にクラミジア肺炎と類似しているため、治療においては両者に有効なテトラサイクリン系やマクロライド系の抗生物質が一般に使用されているが、小児に対してはその副作用の危惧からテトラサイクリン系薬剤は第一選択薬剤とはならない。これまでのところこれらの抗生物質に対するM.pneumoniaeの耐性株は認められていない。


わが国のマイコプラズマ肺炎に関する疫学デ−タとして、以下に1982〜97年の16年間の感染症サーベイランスによる異型肺炎患者発生状況および病原微生物検出情報に報告されたM.pneumoniae分離成績の集計を示す。

1)厚生省感染症サーベランス事業ではマイコプラズマ肺炎を目標として異型肺炎の患者情報を収集している。図1にサーベイランス定点医療機関(主として小児科)から報告された週別患者数の推移を示す。1984年と88年に大きなピークがあったが、1992年以降この周期性が崩れ、最近は「オリンピック病」という呼び方はあまり使われなくなっている。1991年以降は晩秋から早春にかけて規則正しく小さなピークが認められる。大流行がみられなくなった原因としては、マイコプラズマ肺炎の早期診断、早期治療により家族内感染や学校などでの集団感染が減少したことも一因であると考えられる。

異型肺炎患者は学童年齢での報告が多く、最も患者の多かった1984年には5〜9歳の占める割合が高かった(図2)。

2)M.pneumoniaeの分離を行っている地方衛生研究所は限られており、報告数は少ない。培養法による咽頭材料からのM.pneumoniae分離報告は、1982〜1997年に 615例であった。臨床症状は気管支炎・肺炎などの下気道炎が 337例(55%)と半数以上を占め、上気道炎は 180例(29%)と少ない。これは、臨床医の病原体検索の関心が主として重篤な症状を呈した患者に向けられたためと考えられる。分離報告数の推移を図3に示す。1984年および1988年にピークがあり、これは図1で異型肺炎患者が大きく増加した年に一致しているが、1991年以降の分離報告数は極めて少なくなっている。その理由としては、PCR や簡便な抗体測定法による早期診断が可能になったこと、また、早期診断により適切な抗生物質が早期に使用されM.pneumoniaeの分離が困難となっているためと考えられる。

M.pneumoniae分離例の年齢分布を図4に示す。1〜4歳で年齢とともに増加し、5〜8歳が最も多く、15歳以上は少なかった。

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