20年以上放置してきた頭皮の良性腫瘍に感染した破傷風菌
一般に破傷風は土の中などに存在する破傷風菌が外傷受傷時に創傷内に入り、嫌気的な環境のもとに増殖して神経毒素を生じることにより発症する。これに対し我々は、皮膚良性腫瘍に破傷風菌が感染して発症した破傷風患者を経験した。
患者は59歳男性で、20年以上前から頭皮に直径約4cm、高さ約3cmの腫瘤を認めていたが放置していた。その間腫瘤は感染を繰り返し、中心部からたびたび排膿していた。また患者は庭仕事が趣味で、土の付いた手で頭皮の腫瘤をいじることも多かった。当院受診2日前に口周囲の違和感が出現し、翌日口が開きにくくなったため、口腔外科を受診し、破傷風の疑いで当科に紹介され入院した。入院時著しい開口障害、項部硬直を認め、同日午後から後弓反張、痙攣、呼吸困難を来したため気管内挿管し呼吸管理を行った。頭皮腫瘤の中心から排膿があり、他に明らかな外傷がなかったことから、頭皮腫瘤を破傷風菌の感染巣と考え切除した。また同時に抗破傷風ヒト免疫グロブリン 4,500単位を静脈内投与し、抗生物質(ABPC)の全身投与も開始した。痙攣、後弓反張(運動神経の過緊張)に対し大量のベンゾジアゼピン系薬物(ジアゼパム、ミダゾラム)や筋弛緩剤(パンクロニウム)の持続静脈内投与を必要とした。著しい血圧や脈拍の変動(交感神経の過緊張)や痙攣、呼吸障害のため15日間の集中治療室での呼吸循環管理を必要としたがその後軽快し、41日後に後遺症を残さず退院した。切除した頭皮腫瘤は良性皮膚付属器腫瘍(毛包上皮腫)で内部から破傷風菌を分離した。菌の同定は嫌気性培養における特徴的な太鼓のバチ状の形態の芽胞とマウスを用いた毒素中和法により行った。
腫瘍、それも特に悪性腫瘍は中心部が壊死し嫌気的な環境になることがある。こうした部位への破傷風菌の感染の可能性は容易に想像ができ、マウスを用いた実験でも破傷風菌の芽胞の静脈内投与により壊死を伴う悪性腫瘍から破傷風を発症させた報告がある。実際にヒトにおいても腫瘍が感染創となり破傷風が発症した報告が極めて少ないながら存在する。しかしながらこうした報告では感染した腫瘍のほとんどが壊死と潰瘍形成を伴う悪性腫瘍で、本例のように20年以上も放置した皮膚の良性腫瘍に感染した報告はない。本例はもともと化膿し排膿していた皮膚の腫瘍に、庭土の付いた手で触ったことから破傷風菌が入り、嫌気的な環境の腫瘍内部で増殖して破傷風を発症したと考えられる。したがって壊死を伴う悪性腫瘍のみならず、良性腫瘍にも場合によっては破傷風菌が感染し得ることを常に念頭に置くことが肝要と思われる。明らかな外傷ではなく、本例のように極めて日常的な営みにより破傷風菌に感染したことは注目に値し、あらためて発症予防のためのワクチンや破傷風トキソイドの接種の重要性が認識された。
横浜市立大学医学部附属浦舟病院神経内科
城倉 健 薄 敬一郎 松本麻理 小宮山 純
横浜市立大学医学部附属浦舟病院
臨床検査部細菌検査室 徳永幸子