1997年に発生した海外渡航歴のないコレラ患者から分離したコレラ菌の分子疫学的解析

コレラ菌の性状を調べるために薬剤感受性試験や血清型、ファージ型とともに近年細菌の疫学解析にも応用され、腸管出血性大腸菌O157ではその有用性が大いに示された、全染色体構造をとらえることができるPulsed field gel electrophoresis(PFGE)法を用いて、そのRFLP(Restriction fragment length polymorphism)により各分離株の型別を行った。この手法を用いて海外渡航歴のないコレラ患者から分離したコレラ菌の由来を追究することを試みた。

1997年に発生したコレラ事例から分離されたコレラ菌のうち国立感染症研究所に送付されたものは海外渡航歴のない患者由来株36株、海外帰国者由来株31株である。また検疫所に保存されていた食品由来株6株、参照株として過去に国内の集団発生で分離された株4株と海外の流行株10株を含め合計87株を供試した。

PFGE解析は、腸管出血性大腸菌O157で用いられた泉谷ら(J. Clin. Microbiol. 35, 1675-1680, 1997)の方法に準拠して行った。使用した制限酵素はNotIおよびSfiIである。

RAPD解析についても一部を除いて行ったが、PFGEの解析結果と矛盾するところがなかったのでここでは割愛する。

NotI切断パターンの模式図を図1および図2に示した。NotIにおいて200kb付近の大きさの断片に、明らかな差異が認められたため、この付近のバンド位置の差によりまず大別を行った。図1に示すようにA〜Nまでの7種類に大別されたが、さらに 200kbよりも小さいサイズ領域のバンドの変動あるいは 350kb以上の領域のサイズ変動を加味して図2に示すようにA1、A2などのように添え数字で亜型として分類した。

SfiI切断パターンの模式図は図3に示した。SfiIについてもNotIと同様に200kb付近の大きさの断片に、明らかな差異が認められたため、この付近のバンド位置の差でまず大別を行った。図3に示すようにA〜Pまでの15種類に大別された。SfiIの方が200kbに現れるバンドの数が多いため大別されるパターンの数が多くなった。亜型分類についてはNotIと同様に行った。

PFGEパターンによる型別と薬剤感受性、ファージ型別をまとめたものをで示した。1997年の海外渡航歴のない患者由来株はその大部分がNotIA1-SfiIA1 (NA1-SA1)タイプであった(26/36;72%)。また、これと類似性が極めて高いと考えられるNA1-SA8 (NotIは同一パターン、SfiIでも 120kb付近のバンドに10kbほどの差)やNA2-SA2 (NotIでは120kb付近、SfiIでは80kb付近のバンドの欠落)を含めるとほぼ同一性状株と考えられるものが86%(31/36)を占めていた。

それと比較して海外渡航歴のある患者から分離されたコレラ菌のPFGEのパターンにはさまざまなタイプが認められたが、海外渡航歴のない患者分離株で大部分を占めたNA1-SA1タイプに完全に一致するパターンは海外渡航歴のある患者分離株にも認められた(A国、D国、E国、F国)。

また、参照株については国内で過去に発生した集団発生事例由来株と1997年の患者分離株との間には、海外渡航歴の有無にかかわらず同一のパターンを示すものは認められなかった。海外の流行株についてはA国(1995年)およびB国(1994年)での患者分離株同士はすべての性状が一致していた。しかもその性状は今回解析を行った1997年のわが国での海外渡航歴のない患者由来株のNA1-SA1タイプともすべての性状で一致するものであった。

検疫所で分離された食品由来株について見てみると、1995年にI国から輸入された冷凍エビから分離されたコレラ菌が1997年のI国旅行帰国者から分離された菌株とすべての性状で一致していた。その他の食品由来株については参照株、1997年の患者分離株と類似するものは認められなかった。

 考察
1997年のコレラ発生の特徴は(1) 海外渡航歴のないコレラ患者発生は8月をピークとしており、腸炎ビブリオ食中毒と同じ傾向を示すこと。また(2) 患者の年齢分布が60歳以上が半数を占めており高齢者に偏っていること。さらに(3) 同じ食事をしていると考えられる患者の家族間等にはコレラ患者の発生が見られないことの3点が挙げられる。

輸入例については冬と夏の2つにピークを示す二相性の分布をしていることから、夏休みや冬休みの旅行シーズンが発生の要因として考えられる。

国内感染例は17都府県にも及び、各発生間にはお互いに関連性が見出されておらず、海外帰国者などとの接触による二次感染等も認められていない。しかも喫食調査によっても原因となる食品を特定するに至っていない。

海外渡航者から検出されたコレラ菌の諸性状が、特定のものに偏っていないのにもかかわわらず、国内で検出された菌の性状に偏りが生じていたことが大きな特徴であった。また、その国内でのコレラ発生地が各地に散らばっているにもかかわわらず、その分離菌の性状は今回の解析結果では、大部分がお互いに区別できないくらい酷似していた。ファージ型、薬剤感受性およびDNA型で同じ性状を示したことは同一の株あるいはその近縁株由来であると判断されるものである。

類似性が高いAというタイプで見てみると、海外渡航歴のない患者由来株では実に86%と大部分を占めていた。解析に供した海外渡航歴のある患者から分離されたコレラ菌31株については、Aというタイプの菌株数は9株であったが、E国の観光ツアー2組をそれぞれ一つの発生とするならば、41%(9/22)と半数近くを占める。その渡航先は、A国、C国、D国、E国、F国の東アジア5カ国に及んでいた。すなわち、PFGEのAというタイプは東南アジア地域を広く汚染しているものと考えられる。

それがどのような経路で日本各地でコレラ患者の発生に関与したかは、発生に関わる調査情報が限られているため、現在の分離菌株に関する解析手法だけでは解明できない。

以上のことから今後引き続きPFGEをはじめとする解析手法を用いてコレラの監視体制を維持していくとともに、さらに詳細なる疫学的調査を継続し、その原因究明に資することが重要である。

本研究を行うにあたり、全国各地方衛生研究所および全国各検疫所から菌株の分与をしていただきましたことに感謝いたします。

国立感染症研究所細菌部
荒川英二 島田俊雄 渡邊治雄
神奈川県衛生研究所 村瀬敏之 山井志朗
東京都立衛生研究所 松下 秀 伊藤 武

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