腸管出血性大腸菌O157 保有ハエ類に関する全国調査

 1.全国調査にいたる経緯
1996(平成8)年は、全国的規模で腸管出血性大腸菌O157(以下O157と略す)による集団食中毒の発生をみた。同年10月には佐賀県において、患者発生施設の内外で採集されたイエバエが、患者と同じ血清型・毒素型のO157を保有する事実が確認された。これをうけて、国立感染症研究所・昆虫医科学部では、1996(平成8)年11月〜1997(平成9)年3月にかけて、集団食中毒が発生した施設のうちの6カ所、散発事例の2カ所を無作為に選び、それら現場周辺のハエ類の発生状況と発生源について環境調査を実施した。その結果では、いずれの調査現場も農業生産環境に隣接する新興市街地で、しかも、患者発生現場は、ハエ類の発生源となりうる農業生産施設が、イエバエの飛翔可能な距離範囲内に位置していた。我々は、このような出血性大腸炎の全国的な波及と、佐賀県でのO157保菌バエの確認、そして患者発生現場周辺におけるハエ類発生環境の共通性等の状況をふまえて、O157に汚染したハエ類の発生は、単なる特定県の特別地域の問題ではなく、全国的に起こりうる問題であるとの位置付けが必要であると考えた。

このような経緯のもとに、O157に関する一連の厚生科学研究の一環として、全国規模でのO157等保有バエ実態調査が、感染研の昆虫医科学部、細菌部を核として、各地方衛生研究所、大学等の関連機関に所属する衛生昆虫学、細菌学の専門家の参画によって実施された。当報告はその調査結果をまとめたものである。

 2.調査方法
 調査期間:1997(平成9)年の春〜夏期、夏〜秋期2期に発生したハエ類を採集し、特にO157保菌・伝播に関わる可能性の高いイエバエを主たる調査対象として、O157の保菌状態を調査した。

 調査地区:調査は衛生昆虫学、細菌学の専門家の参画が得られた、北海道、青森県、茨城県、千葉県、埼玉県、神奈川県、富山県、福井県、三重県、大阪府、岡山県、高知県、長崎県、佐賀県、沖縄県の15道府県で実施した。

 調査地点:ハエ類の発生源となり得る牛舎、豚舎、養鶏場、屠畜場、堆肥置き場、ゴミ置き場、公園等の施設内部やその周辺からハエを採集して調べた。

 ハエ類採集方法とO157分離法:1調査地区あたり10地点、1地点当たり20個体をめどにハエ類を採集し、ハエ類からのO157分離培養は、原則として免疫磁気ビーズ法によった。

 ハエ類の分類同定:ハエの種類については、採集担当者が採集現場で直ちに同定した。採集者自身で同定が困難な場合、あるいは特別な種類のハエ種に関しては、感染研・昆虫医科学部・媒介生態室の昆虫分類専門家が担当した。

 3.調査結果
北は北海道から南は沖縄県にいたる、全国規模で実施されたO157保有バエの調査結果は、逐次、感染研・昆虫医科学部に送付され、データベースに入力された。また、ハエより分離されたO157菌は、DNA解析のために感染研・細菌部に送付された。これらの調査結果の概要は以下のとおりである。

 1)O157等保有バエは全国15調査地区のうちの8地区(53%)確認された。調査地点総数はのべ 217地点で、保有バエが確認された地点数は15地点(6.9%)であった。

 2)調査ハエ総数は 5,128個体(内訳:イエバエが 4,161個体、その他のハエ類が 967個体)で、O157等を保有するハエ総数は26個体(保有率0.50%)であった。O157保有イエバエは23個体(保有率0.55%)であった。

 3)調査地点別O157等保有バエの捕獲結果は、調査地点の総数のべ 217地点のうち、牛舎140地点中11地点、屠畜場19地点中4地点で保有バエが確認された。

 4)O157等保有バエが確認された15地点において、採集ハエ数に対するO157等保有バエ数の割合(O157等保有率)の平均は7.2%を示した(表1)。

 5)O157等保有バエ26個体より分離された大腸菌の血清型・毒素型は、O157:H7、VT2産生菌が16株で、O157:H7、VT1 とVT2 の両毒素産生菌は8株であった。一部の調査研究協力機関ではO157以外の菌の分離も試みられ、O26:H11、VT1産生菌、O115:H10 、VT1産生菌をそれぞれ1株確認した。

 6)保菌バエから分離されたO157等のDNA型のパルスフィールド電気泳動法による確認作業に関しては、主に感染研・細菌部において実施され、最終結果については現在集計中である。

 7)イエバエ以外の昆虫種のネグロミズアブ、センチニクバエ、ホホグロオビキンバエ(以上屠畜場施設)にO157等の保有が確認された。

 4.考察
 保有バエの分布:O157等保有バエの全国調査では、北海道から沖縄県にいたる全国15調査地区の8地区にO157等保有バエが確認された。その分布も、北海道地区、東北地区、関東地区、中部地区、九州沖縄地区と、全国各地に広く分布することが確認された。したがって、調査地区や地点数、採集ハエ数を増やした、より精度の高い調査の実施によっては、全国どこの地区でもO157等保有バエが捕獲される可能性が示唆された。

 保有バエの種類:今回の調査結果では、イエバエ(0.50%)とその他のハエ類(0.55%)でほぼ同等の保菌率が示された。しかし、O157患者発生施設内外で採集されたイエバエから初めてO157が確認された佐賀県における事実経過と、家畜等の排泄物から発生し、人家へ容易に侵入してヒトの食物によく集る習性を併せ持つ主要ハエ種は、イエバエであることから、O157等保菌バエ類の対策は、イエバエを主要な対象種として実施することが必要であろう。

 保有バエ発生場所:環境衛生管理が比較的行き届いているわが国では、ハエ類が常時発生する環境は、ゴミ処理場や農業生産環境等のかなり限られた場所に限定されていて、都市部でハエ類を見かけることは少なくなっている。したがって、今回の調査箇所の選択には、ハエ類の発生環境としての畜産関連施設に比重が置かれた。調査結果では、牛舎と屠畜場にO157保有バエが確認された。これら施設はハエの発生源をかかえるとともに、O157等で汚染された家畜排泄物の提供場所になりうることから、O157保有バエ確認の結果は、予想されうるものともいえよう。とくに、屠畜場で保有バエが確認されたことは注目すべきである。O157等保有バエが家畜の移送時に家畜体表に付着して屠畜場に搬入されたものか、屠畜場内およびその周辺で発生したハエかの特定は困難であるが、屠畜場内でのハエ発生源対策や家畜移送時のハエ搬入対策が求められよう。

 保有O157の血清型・毒素型:ハエから分離された腸管出血性大腸菌の血清型および毒素型は、O157:H7、VT2 (16株)、O157:H7、VT1+VT2 (8株)、O26:H11、VT1 、O115:H10 、VT1 (各1株)であり、これは牛の糞便から分離されるO157:H7、VT2 とVT1+VT2 の検出頻度が反映されていた。さらに今回の全国調査ではO157 の検索を主対象としたが、一部の研究協力者による菌分離検査範囲の拡大によって、O157 以外の毒素産生病原性大腸菌も確認された。これも家畜等が持っている菌型がハエ類の汚染に反映しているためと考えられよう。O157 等保有バエより分離された菌のDNA 型解析の集計は完了していないが、患者、食品、ハエ、家畜間における疫学的関連性の解析のためにも、その結果の精細な解析は重要である。

 O157 等保有率とハエ対策の関係:O157 等保有バエが確認された地点で採集されたハエ数に対するO157等保有バエ数の割合は、平均 7.2%を示した。この数値に対しては、ハエ類の発生密度、保菌能力、そしてO157 等の感染力の強さ等の諸要因を念頭に入れた評価が求められる。衛生管理の悪い畜産関連施設からは、一般にイエバエ等の大量発生は起こりやすく、ハエの発生密度が高い条件下では、発生地点から容易に飛翔・分散拡大して病原体の広域運搬に荷担するリスクが高くなる。また、当該関連研究として感染研で実施したイエバエのO157 摂食感染基礎実験からは、O157 はイエバエ消化管系で4日間は顕著に保持され、その間に多数の菌の排泄も確認されており、このような保菌能力を介しての食物汚染が懸念される。O157 は細菌学的、臨床的知見からも,少数の菌摂取で発症に至るという、感染力の強さも指摘されている。したがって、このようなO157 の強い感染性と、伝播者としてハエ類が持つ媒介特性の相互関連性を考慮すると、O157 等保有バエが確認された現場や周辺ではこの問題を放置することなく、O157 等保有家畜対策、ハエ発生源対策、ハエ駆除対策および食品関連施設内へのハエ類の侵入防止対策等の対応が求められよう。

 当該全国調査に参加協力をいただきました地方衛生研究所、大学等の諸先生方に謝意を表します。

 文責:厚生科学研究「ハエ類による腸管出血性大腸菌O157 の伝播に関する総合的研究」
 研究総括者:国立感染症研究所・昆虫医科学部 安居院宣昭

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