カキが原因食品と思われる小型球形ウイルス(SRSV)による食中毒−兵庫県
1997年11月に兵庫県内のスーパーマーケットの開店イベントとして催された、殻付カキの試食販売会で喫食者が嘔吐、下痢を主徴とする食中毒様症状を呈した。過去に我々が経験したSRSVによる食中毒は、飲食店などを原因施設に一部のグループで発生することが多く、このような場合には感染したグループ全員が同じメニューを食べており、疫学調査で原因食品を特定することが難しかった。しかし、今回の事例は発症者に共通する食品が、この時に喫食した生カキに限定されており、原因食品が単純化された珍しい例であると思われるので、その概要を報告する。
原因食品と思われるカキが販売されたのは11月29、30日で、2日間に約3,500個体が試食販売された。患者は11月30日〜12月2日にわたって発生しており、平均潜伏時間は35時間であった。管轄保健所に食中毒の報告があったのは12月2日夕で、この時原因食品と推定されたカキはすべて販売されており、食品からのウイルス検索は行えなかった。
保健所で確認した患者数は46名で、衛生研究所には2日間にわたって17名の検査依頼があった。最初に搬入された糞便9検体について電子顕微鏡観察を行ったところ、3検体においてSRSVがクラスター状に集積した像が認められた。このため、この9検体を含むすべての検体についてPCRでのウイルス検索を行った。方法は便懸濁液の高速遠心上清に4Mグアニジン溶液を添加、フェノール・クロロホルム処理、エタノール沈澱によりウイルスRNA を回収した。プライマーは35'/36およびNV81/82/SM82を用いて2段増幅を行った。また、1st PCR産物を鋳型に、SR系プライマーによるG1/G2の型別を試みた。
17検体のうち14検体がEMあるいはPCR法でSRSVが陽性であった。また、陰性の3名中1名はパックされた別の生食用カキを食べ、その症状も他とは異なり嘔吐、発熱および下痢は認められず、上腹部痛のみであった。また、他にウイルス陰性であった10歳の児童はバターいための当該カキを食べ、発熱、嘔吐はなく下痢だけが認められた。
35'/36の1st PCR産物を鋳型にSR33/48/50/52(G1)およびSR33/46(G2)プライマーによる型別を試みた。しかし、NV81/82/SM82でバンドが検出された12検体のうち2検体でDNA の増幅が認められなかった。このため、SR33をNV81に代えて同一の条件でPCR を行ったところ、13検体でDNA が増幅され、このうち10株がG2プライマーのみに反応、3株はG2に強くG1に弱いバンドが出現した(図)。このG1/G2両プライマーに反応した3株についてAndoらのSR系プローブによるサザン・ハイブリダイゼーションを行ったところ、2株がSR47d プローブと反応した。SR47d に反応しなかった1株について他のプローブによるハイブリダイゼーションは行っておらず、その型別は不明であるが、以上の結果から今回の事例はG2型SRSV感染による食中毒と考えられる。
これらの検査結果を総括すると、NV系プライマーによるPCRでは12検体、SR系プライマーではさらに1検体が加わって13検体が陽性となった。また、1検体はPCR陰性だがEM陽性であった。
SRSVにおいても様々なプライマーが考案されることで、ウイルス性食中毒の診断においてPCR が必須の手法となりつつある。今回、我々は最もポピュラーな35'/36およびNV81/82/SM82プライマーを用いたPCR で高率にSRSVを検出することができた。MR系とYuri系のプライマーを組み合わせることで、さらに検出率が上がると報告されている。しかし、我々はこの冬の流行期間中にSRSV感染が疑われた12事例(この報告例も含めて)について、上記のプライマーセットを使用してすべての事例でSRSVを検出、その有用性を確認した。ただ、SRSVについては同一グループであっても、その塩基ホモロジーが低いとされていることから、次の流行期にも今回と同様の結果を得ることができないことも考えられ、さらなるRNA 抽出法の検討やプライマーを考案し続けることが必要と思われる。
兵庫県立衛生研究所
近平雅嗣 藤本嗣人 増田邦義