マレーシアにおける手足口病と小児の急性死の多発1997年

マレーシア東部のサラワク州(ボルネオ島)では、1997年2月頃より小児の間で手足口病(HFMD)が発生し大流行となった。それまでにマレーシアではHFMDの流行の記録はなく、一般の人々にとって聞き慣れない病名であった。これまでに、HFMDはもちろんエンテロウイルスに関する臨床的・ウイルス学的サーベイランスはマレーシアで行われたことはなく、過去の流行状況に関する実態は不明である。またサラワク州では1997年4月15日から、発熱および発疹に引き続き急速に全身状態が悪化し入院1〜2日で死亡するという幼児の急死例が散発的に発生、5月に入るとその数は急増し、5月末には11例に達した。当初川崎病なども疑われたが、臨床的には急性心筋炎がもっとも疑われるところとなり、小児がおかされる原因不明の致死的疾患の流行としてマレーシア全土で社会不安を引き起こすに至った。

厚生省はWHOより原因解明のための調査協力の要請を受け、国立感染症研究所(感染研)職員2名を現地に緊急派遣することを決定した。米国のCDC(Centerfor Disease Control and Prevention)もマレーシア政府より要請を受け、疫学担当職員を派遣した。

サラワクにおいてHFMDのため医療機関を受診する患者数は 200〜 300人/週、入院患者数 100〜 120人/週に及んだが、7月中旬より減少し次第に沈静化した。登録死亡例は30例となった。年齢は1〜2歳、男児がやや多く、入院から死亡までは1〜2日間と急性の経過をたどるものが多かった(国立医学研究所疫学部)。

急性死亡患者27例には手足口の発疹があり、6/8例に髄液細胞数の増多が見られた。小児循環器医の意見では、エコー所見などを見る限りは死亡例について心筋障害を否定することはできない、というものであった(サラワク総合病院小児科・シブ病院小児科)。

登録死亡例30例のうち、7例について心筋のbiopsy、4例の全剖検についてサラワク総合病院およびCDC で、またその一部は感染研病理部でも調査されたが、全例とも心筋に炎症所見は見られなかった。4例の全剖検例については、3例は中枢神経系に軽度の浮腫と炎症が見られたが、1例については脳幹脳炎に一致する所見であった。

マレーシア国立医学研究所および感染研で行ったウイルス学的検索では、HFMD患者からはエンテロウイルス71型(EV71)およびコクサッキーウイルスA16型が分離されたが、エコーウイルスなどその他のエンテロウイルスも得られている。血清学的にはB群コクサッキーウイルスが存在していたことも肯定的であり、複数のウイルスがこの発生の間にみられた。死亡者の一部から得られた咽頭、便材料などからはEV71が分離された。CDCも、死亡患者の一部にEV71感染があったことを示している。

マレーシアにおける小児急性死の多発のすべてについての最終結論は得られていないが、手足口病の経過中には急性死例があること、剖検所見からは中枢神経系合併症、ことに脳幹脳炎などの重篤なものが見られていること、病原ウイルスとしてEV71がその原因の一部となっている可能性があること、などが明らかとなった。小児に広く見られる疾患の中の重症例の多発であり、今後の動向への注意が必要である。

感染研感染症情報センター 岡部信彦
感染研ウイルス第二部 清水博之 吉田 弘

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)

iasr-proc@nih.go.jp

ホームへ戻る