東京都および日赤医療センターにおけるSTD動向調査情報

東京都性感染症(STD)動向調査は1987年に開始され、対象は淋病様疾患、性器クラミジア感染症、性器ヘルペス、尖圭コンジローム、トリコモナス、梅毒様疾患の6疾患。調査定点には変動があり、現在41で、婦人科系18、皮膚科系16、泌尿器科系6、外科系1。STDは、例えば性病科を標榜する施設の受診がためらわれるように、患者分布に特殊性が強く、日本では大病院のSTD専門家は少数で、定点の選定による報告数のバラツキが大きい。

STD6疾患はそれぞれの特徴を持つ。淋病は潜伏期が短く、男子の淋菌性尿道炎ではほぼ例外なく症状が自覚されて受診機会がある。Chlamydia trachomatis(Ct)感染は感染部位が淋菌と完全に一致するが、眼瞼結膜を除いては炎症症状が軽微で、とくに女子の頸管炎ではほぼ全例自覚症状を欠き、自発的な受診機会がない。ヘルペスは初感染後ウイルスが神経節に潜伏し、ときに初感染部位に反復性の潰瘍性病変を生じる。コンジロームはヒト乳頭腫ウイルスの感染者の一部に、6カ月に及ぶ長い潜伏期の後に特徴的なコンジロームを生じる。トリコモナスは女子での感染定着率が男子に比して高い。梅毒では、偽陰性がなく信頼性が高い抗体検出法がSTD6疾患の中で唯一確立、繁用されている。互いに特徴を異にする6疾患の組合せはSTD全体の動向調査に好適と思われる。

図示のように性病予防法による厚生省全国淋病届出数の推移は、1診療病院である日赤医療センターにおける症例数推移とピークの位置、増減の程度ともによく一致している。1984年までの淋病急増は、1970年代先進諸国にみられた、女子の社会的進出と“性行動の自由の社会的許容度についての男女差の消失”に伴う、淋菌性尿道炎の約3倍増が、約10年遅れて日本にも起こったものと考えられ、その後の1/10の症例数への急減は、1984年の日本人エイズ患者の発表と、それに続くマスコミキャンペーンによると思われる。

男子の性器クラミジア感染症受診症例数の低下は淋菌性尿道炎に約8年遅れている。女子も同様に減少しているが、女子では症状が自覚されにくく、一般女子の頸管Ct保菌率は、Ct検出が可能となった1984年から現在まで、また日本各地で約5%と驚くほど一定不変で、既往症を含めると抗体陽性率は30%に達する。すなわち自覚症状を欠き、受診機会がない女子性器クラミジア感染症の動向調査報告症例数は感染者のうちの氷山の一角である。女子の“Ct抗体陽性―抗原陰性”群の感染既往者の大部分は性器クラミジア感染症の診断、治療についての記憶が無いが、Ct陰性化は起因菌の検出に基づく感染源(パートナーを含む)の治療といった正当な方法によるものではなく、empiricalに多用される抗菌剤の使用によっている。

感染部位が生殖器であるSTD6疾患以外に、血液由来ウイルスであるエイズ、B型肝炎ウイルスも、日本では血液製剤による感染経路が遮断されて以降、新規の感染者は性行為の感染による。病院定点でのB型肝炎症例数の推移は淋病のそれと一致している。エイズ患者にはSTDの既往、とくに梅毒の既往が多い。STD感染者ではHIVの感染伝達率が高いことが知られ、STDの抑制はHIVの抑制のためにも重要である。

東京都STD動向調査では、15〜19歳の年齢階層のSTD報告数が1994年以後毎年増加している。1970年代の米国では年間報告症例数150万を超える淋病の史上最大のピークに先行して、15〜19歳の若年年齢層の淋病の急増が記録されており、promiscuousな若年感染者数の増加が、STDの拡大に大きく関与していることが知られている。わが国でもピルの使用開始によってコンドーム使用率の低下が予想され、特に若年者層におけるSTD感染者の増加が懸念される。

日赤医療センター泌尿器科 小島弘敬

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