日本女性の子宮頸管部におけるクラミジア・トラコマチスの血清型の感染比率、および血清型と臨床症状との関連の可能性
Chlamydia trachomatis(Ct)感染は、性感染症(STD)の中で44%を占める最も多い疾患であり、HIVの感染の危険率を3〜5倍に上昇させる。したがってCt感染を防止することは、HIVを含めたSTD全体の蔓延の抑制に寄与することになる。また、Ct頸管感染の未治療患者はその8〜40%が骨盤内感染症(PID)に進行するとされ、PID患者のおよそ20%が不妊や慢性骨盤痛を訴えるようになり、妊娠した場合にもその約10%が子宮外妊娠になる。日本では残念ながら試算されていないが、米国での未治療のCt感染者の続発症・合併症にかかる費用は年間20億ドルと推定されている。
以上のごとくCtは、医療的な面だけでなく経済的にも問題である。しかし、Ctの病態はいまだに明確になっていないことが多い。Ctには現在15の血清型が報告されているが、今回、本邦での血清型と臨床症状との関連について調査した。
1993年11月〜1995年2月の間に、虎の門病院産婦人科で、子宮頸管部のCt陽性であった70症例を対象にした。血清型のtypingは吉田らのPCR/RFLP法(1995)により行った(Table 1)。
鼠径肉芽リンパ腫をひきおこすL群(L1/L2/L3)は他の先進諸国と同様に認められなかった。おもに眼に感染するとされる血清型(A/B/Ba/C)のうち、B型が4.3%(3例)認められ、これらは必ずしも眼に限局しているわけではない。またこのB型の3症例中、1例は下腹痛を訴え、1例では卵管閉塞を認めており、B型も実際にPIDを引き起こすと推測された。
最も多い血清型はD(29%)、E(21%)、G(19%)であったが、これは萩原(1991)らの報告とほぼ一致していた。他国と比較してみると、日本女性ではD、G型の比率が高く、F型が低い特徴が認められた。またフランスやスウェーデンより米国と似ている感染比率の特徴があった。
血清型は、Wangら(1985)によるとその抗原の類似性で3つのグループ(B/D/E、F/G/K、H/I/J)に分けられるが、このグループと臨床症状を比較すると、B/D/E群では、H/I/J群より腹痛を訴える症例が多かった(Table 2)。これらはB/D/E群がより感染力が高いことを示すものなのかもしれない。Itoらのネズミの実験(1990)でも、D型はH型より卵管角への感染率が高かったと報告されている。また、感染力の差が、どの国でもD/E 群が比較的多く、H/I/J群が比較的少ない、という感染比率の差として現れているのかもしれない。一方、血清型と臨床症状は関係ないとの報告もあるが、今回の検討は、少なくともまだ今後この件に関して検討すべきであることを示している。もし感染力に差があるならば、感染力の強い血清型のCtに感染した症例は卵管性不妊や子宮外妊娠のハイリスクになる可能性があり、より強力な治療が必要となるだろうし、またCtの病態もまだ明確でないことが多いからである。
虎の門病院産婦人科 高橋敬一