「イクラ」からの腸管出血性大腸菌O157:H7の検出−神奈川県

1998(平成10)年5月〜6月に、富山県および東京都で腸管出血性大腸菌O157(以下O157)感染症が散発的ではあるが多発した。両都県において、届け出を受けた患者の喫食状況に関する調査が実施され、患者がいずれも寿司店を利用し、共通喫食品はN社製「イクラ醤油漬け」を使用したイクラ寿司以外にないことから、本イクラが原因食品と推定された。さらに患者から分離された菌株のパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)パターンはすべて一致しており、散発的ではあるが同一汚染源による感染であることがうかがわれた。しかし、この時点では当該食品のイクラからO157は分離されていなかった。

神奈川県でも、同時期に届け出があったO157患者の喫食状況を比較調査したところ、いずれの患者も、共通喫食品はN社製「イクラ醤油漬け」であったことが判明したことから、直ちに食材、患者発生施設のふきとり材料等のO157検査および食材の流通調査を実施した。その結果、冷凍保存されていたN社製「イクラ醤油漬け」からO157:H7[Stx(VT)1、Stx2陽性]を分離した。

なお、本事例は富山県、東京都、千葉県、神奈川県、大阪府、山梨県および茨城県の7都府県で患者49名、保菌者13名の発生をみた事例であった。

1.材料および方法:県内寿司店に冷凍保存されていた1kg入り合成樹脂製容器詰めN社製「イクラ醤油漬け」(製造1997年9月15日、賞味期限1998年9月15日)(以下イクラ)45検体を供試した。

各検体の25gを秤量し、各々に225mlの増菌培養液を加えごく軽く撹拌混和した。増菌培養は、Trypticase Soy Broth(BBL、以下TSB培地)で36℃6時間およびノボビオシン加mEC培地(栄研、以下mEC-NB培地)で42℃18時間の2通りの培養方法を用いた。増菌培養後、各培養液について免疫磁気ビーズ法を実施後、分離培養を行った。分離培地にはSorbitol MacConkey Agar(Oxoid、以下SMAC寒天培地)、およびSMAC寒天培地にCTサプリメント(アスカ純薬)を添加したCT-SMAC寒天培地を用いた。各々の選択分離培地に発育したソルビトール非分解集落を釣菌し、常法により同定した。大腸菌と同定された菌株は、病原大腸菌診断用血清(デンカ生研)によりスライド凝集反応法でそのO抗原(O157)を、また試験管内凝集反応法によってH抗原(H7)を決定した。

イクラ中のO157定量培養は、定性的にO157が分離された検体から、任意に抽出した3検体(No.3、No.31、No.32)について、TSB 培地 450mlに検体50gを加えた10倍希釈液を試料とし、その100ml、10ml、1ml、0.1mlの試料系列を作製し、MPN3本法で行った。36℃6時間培養後の培養液について免疫磁気ビーズ法を行い、CT-SMAC寒天培地で分離培養した。

分離菌株の志賀毒素(Shiga toxin)遺伝子(stx1およびstx2)の検出はPCR法により行った。また、制限酵素XbaIで処理した染色体DNAのPFGEパターンを検討した。

2.成績およびまとめ:イクラ45検体のうち24検体からStx1およびStx2陽性大腸菌O157:H7を84株分離した。それらの内訳は、TSB培地での増菌培養後、CT-SMAC寒天培地より10検体(24菌株)、mEC-NB培地での増菌培養後、CT-SMAC寒天培地より21検体(49菌株)、およびmEC-NB培地での増菌培養後、SMAC寒天培地より5検体(11菌株)であった。TSB培地での増菌培養によってのみ検出されたものが2検体、mEC-NB培地での増菌培養によってのみ検出されたものが14検体、8検体からは両増菌培養法で分離された。食品等からのO157の分離には、汚染菌量や保存状態によるO157汚染菌の損傷などについても考慮するならば、選択増菌培地に加えて非選択増菌培地を併用し、複数の培地で培養する必要性があるものと考える。

MPN3本法による定量培養において、生化学的性状および血清学的にO157:H7が確認された分離培地数からMPN値を求めた。その結果、試料100ml(イクラ10g)あたりのMPN値は、検体No.3、No.31、No.32が各々0.91、1.5、0.73と算出され、当該イクラには10gあたり1〜5個前後のO157汚染があったものと推察された(95%信頼限界)。

イクラ24検体由来O157:H7菌株84株のPFGEパターンを観察したところ、82株で一致したが(パターンA)、1検体由来3株のうち2株ではそれらに比べバンド2本の欠損(パターンB)を認めた(図1)。一方、イクラを喫食して発症した患者8名のうち7名から分離された菌株のPFGEパターンはパターンA、1名の患者から分離された菌株はパターンBであった。これらのパターンの関連性については、バンドの差がわずかであることから、パターンBはAに由来する可能性が考えられる。しかしその詳細についてはさらに解析が必要である。

O157感染症は他の腸管感染症に比べ潜伏期間が長いため、原因食品を入手できないことが多く、疫学調査により原因食品を判断することが多い。今回幸運にも原因食品の特定と汚染菌量を測定することができた。イクラのO157汚染がどの過程で生じたかは明らかでないが、本製品が1kgずつの個別包装で冷凍保存されていたことを勘案すれば、製造過程でのO157による汚染の疑いが濃厚であり、流通過程での汚染は考えにくい。加熱調理や洗浄をせずに、そのまま喫食する食品の生産、製造および流通における扱いに対して一層の注意を喚起した事例であった。

神奈川県衛生研究所細菌病理部

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