三重県におけるコロナ様ウイルスによる急性胃腸炎の流行

コロナウイルスは鳥類、哺乳類において呼吸器系、腸管系、神経系疾患や肝炎等様々な病気を引き起こす。特にヒトにおいてはカゼの病因ウイルスであることは、TyrrellやBynoeの器官培養と共によく知られているが、急性胃腸炎の病因としてはまだ明らかになっていないのが現状である。

1997年2月〜1998年5月、三重県内の二つの施設と運動会参加者に発生した急性胃腸炎の患者からコロナ様ウイルスを分離したので、その概要を報告する。

1.患者発生状況:表1に集団発生事例の状況を示した。コロナ様ウイルスの発生時期は秋〜春、発生期間は、4日〜5日間であった。N市の事例については詳細は不明であるが、H、T市の事例では、濃厚な接触の生活環境がうかがわれるにもかかわらず、発病率は比較的低率であった。

2.臨床像:表2にコロナ様ウイルスの感染による臨床症状を示した。障害者施設における結果は、調査の正確さを期するため、職員のみを対象にした。3事例に共通して多いのは、腹痛、下痢であり、特に下痢患者はほとんどが水様便であった。下痢の持続期間は1〜4日で、その回数は1日あたり平均 7.5回であった。発熱は、もう少し詳細に検討すると、事例ごとに病像は多少異なっていた。障害者施設においては11名(11/57、19%)の入院患者がみられ、他の事例と比較し重症例が多く、学生寮においては腹痛と下痢が主で、発熱、嘔気、嘔吐は少数であった。なお、運動会の事例については臨床症状調査数が少なく流行を代表しているかは不明であるが、学生寮の事例と類似し、発熱例が少数であった。

3.病原検索:保健所等で実施された細菌検査では、大腸菌、サルモネラ等の病原性細菌は全く検出されなかった。表3は発病1〜3日後に採取した糞便からのウイルス検査の結果である。ウイルス検出には、電子顕微鏡による直接法とBEK、CaCo-2、Vero、MK初代およびHEL細胞によるウイルス分離とを実施した。現在、BEK細胞で11株、CaCo-2細胞で2株、Vero細胞で5株のウイルスを分離しているが、ウイルスの細胞感受性に関してはまだ結論を得るに至っていない。BEK細胞では、CPEの発現は、ほぼ3〜4代で認められるが、Vero細胞ではCPEの発現は無いものの、電子顕微鏡によって、培養液の精製、濃縮により、コロナ様ウイルスの存在を確認している。細胞にて分離したウイルスは、コロナウイルスに対するモノクローナル抗体によって中和された(市販抗血清CHEMICON:CATALOGNo.MAB9013を使用)。

遺伝子レベルの解析は新潟大学医学部公衆衛生学教室にて実施した。HE遺伝子の一部をRT-PCRで増幅し、塩基配列を決定したところ、この分離ウイルスはウシコロナウイルスと最も相同性を示した。

図1は、障害者施設の患者糞便から検出したコロナ様ウイルスの電子顕微鏡写真である。大きさは約100〜150nmの球型、あるいはハート型の多形性粒子で、表面はスパイクで取り囲まれた、いわゆる太陽のコロナに似た像が観察される。

図2は、障害者施設の患者回復期血清(200倍希釈血清)と分離ウイルスとの免疫電子顕微鏡の像である。粒子表面に抗体が付着した像が観察される。

三重県で発生した強い腹痛を伴う集団下痢症の患者から分離したコロナ様ウイルスは、現在のところ、遺伝子的にはウシコロナウイルスに最も近いと考えられるが、免疫学的および分子レベルにおける解析を今後詳細に実施する必要があると考えている。

三重県科学技術振興センター衛生研究所
櫻井悠郎 矢野拓弥 福田美和 川田一伸 杉山 明 松本 正
新潟大学医学部公衆衛生学教室
鈴木 宏 押谷 仁

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