香港におけるトリ型インフルエンザA(H5N1)−その後の状況
1997年5月に肺炎およびライ症候群を呈して死亡した3歳の小児から、トリ型インフルエンザA(H5N1) が分離されたことが、同年8月に明らかになった。A(H5N1)(以下H5)はトリのインフルエンザウイルスとして知られているが、ヒトから分離されたのはこの小児例が初めてである。第1例から約6カ月後の1997年11月、かぜ症状を呈した先天性心疾患を有する2歳の幼児から再びH5が分離され、続いて11月末に、13歳、54歳の肺炎患者からもそれぞれH5が分離されたことが12月に明らかとなった。2歳と13歳の患者は回復、54歳の患者は死亡した。12月に入るとH5感染者は増加、12月27日には確定11例(うち死亡3例)、疑い9例(うち死亡1例)となった。疑いは主としてインフルエンザA抗原の検出をもってなされ、確定は主としてH5ウイルスの分離同定をもってなされた。
同年12月27日、第1症例周辺に関する血清疫学的成績の途中経過が香港政府および現地調査にあたった米国CDC より発表された。それによれば、第1例目の患者周辺の人々から得られた検体 502例のうち、9例がH5抗体陽性であった。陽性例はすべて鶏を扱う業者や患者と接触のあった者、あるいは病院の検査室勤務者などで、患者と接触のない対照群の 419例は全例H5陰性であった。また患者の家族4名、養豚業者18名もH5陰性であった。さらに分離されたH5ウイルスの遺伝子はすべてトリ由来のものであり、ヒトのインフルエンザウイルスとの間で遺伝子が再構成されたという証拠はないという成績も発表された。この結果、ヒト→ヒト感染の可能性は否定されないままではあるが、患者の家族や患者と接触した人の抗体陽性率が低かったことは、ヒト→ヒト感染があったとしてもその伝染力は低く、今回のH5の感染伝播様式は主にトリ→ヒトの伝播であることを示唆している、と結論づけられた。さらに、養鶏場の鶏からH5ウイルスが分離されたこと、養鶏場の鶏の突然死が発生したことなどより、香港政府はトリ→ヒト感染を断ち切るため、それらの鶏の供給元である中国本土からの輸入を停止、香港内のすべての養鶏場および市場にある鶏約160万羽の殺処分を決定、12月29日から実行した。
1998年1月16〜22日、WHO・中国・香港・米国・日本の専門家で構成されたWHOインフルエンザチームが、中国側の協力を得て広東省を訪問した。同チームは、同地区にはヒトにおけるH5感染は無かったこと、1994年から行われている養鶏場などでのトリ型インフルエンザの検査ではこれまでにH5感染の根拠はみられていないことなどを確認し、今後さらにH5サーベイランスを強化することを強調した。香港では鶏の殺処分以降H5感染の新たな発生は見られておらず、以上の調査を受けて、香港は中国本土からの鶏の輸入を再開した。なおWHOは、他の国々における中国(含む香港)からの鶏および鶏関連産物の禁輸には、公衆衛生上の理由がないことも強調した。
香港では、これまでに死亡6人を含む合計18人の患者がH5感染者として確認されている。最後の患者の発症は鶏の殺処分開始直前の1997年12月28日であり、その後現在に至るまでH5感染者は香港をはじめ、世界のどこからも報告されていない。
1998年11月14日、香港政府は医療従事者に関する疫学調査(cohort study)を発表した。調査はH5患者を取り扱った3病院とH5患者を取り扱わなかった1病院の医療従事者 547人を対象とし、血清H5抗体の測定が行われた。その結果10/547人がH5抗体陽性で、このうち8人はH5患者に接触があり、2人は患者との接触がなかった。10人の抗体陽性者のうち6人は、家禽類との接触があった。家禽類との接触がない抗体陽性者の1人は、H5患者接触後に一過性の熱性疾患に罹患し、4倍以上の抗体上昇がみられ、ヒト→ヒト感染であることが示唆された。香港政府はこれまでの結果を総合し、ヒト→ヒト感染は起こり得るが極めて低率であり、H5感染経路のほとんどは家禽類の糞からヒトへの感染であり、鶏肉等からの感染も証明されなかったことを述べた。さらに疫学調査は続けられている。
新型インフルエンザに対する積極的予防対策としてはワクチンが唯一のものである。H5ウイルスはトリおよびヒトに対して非常に強い毒性があり、ワクチン製造のためにはこれを適切に弱毒化することが必要である。日本および米国では、ヒトから分離されたH5ウイルスを遺伝子組み換え技術により弱毒化し、この弱毒ウイルスをワクチン候補株とすることが可能となった。これを鶏卵で増殖させてからウイルス粒子を精製、ホルマリンで不活化をしてワクチンとする。
今後も、新型インフルエンザの発生に備えてサーベイランスの強化を行うことが必要である。
国立感染症研究所
感染症情報センター・感染症情報室