北海道におけるエキノコックス(多包条虫)の動物間流行

北海道では、これまでの媒介動物に関する各種疫学調査から、成虫(多包条虫)を宿す終宿主としては、食肉目のキツネ(Vulpes vulpes)、イヌ(Canis familiaris)、ネコ(Felis catus)、タヌキ(Nyctereutesprocynoides)が確認されている。一方、幼虫(多包虫)を宿す中間宿主としては、野生動物では囓歯目のエゾヤチネズミ(Clethrionomys rufocanus bedfordiae)、ミカドネズミ(C.rutilus mikado)、ムクゲネズミ(C.rex)、ヒメネズミ(Apodemus argenteus)、ハツカネズミ(Mus musculus)、ドブネズミ(Rattus norvegicus)、食虫目のオオアシトガリネズミ(Sorex unguiculatus)、エゾトガリネズミ(Sorex caecutiens saevus)、家畜では偶蹄目のブタ(Sus domesticus)、奇蹄目のウマ(Equus caballus)が確認されている。なかでも、北海道でのエキノコックスの生活環の維持にとっては、感受性、感染率の高さ、感染個体数の多さ、分布域の広さなどの点から、キツネとエゾヤチネズミが最も重要である。イヌも多包虫が寄生しているネズミを捕食すると、キツネ同様、成熟虫卵を有する成虫を宿すことから、ヒトへの感染源としては注意を要する動物である。その他、動物園で飼育されていたオランウータン(Pongo pygmaeus)、ニホンザル(Macaca fuscata)、ゴリラ(Gorilla gorilla)、ワオキツネザル(Lemur catta)から多包虫が検出されている。

エキノコックスの流行状況に関して、北海道ではキツネの多包条虫感染率が調べられている。1985〜1996年の間の調査結果を3年単位で14の支庁別に示したの図1である。これをみると、1985〜1987年の時期に道東と道南に感染率が30%を超える地域のあることがわかる。一方で、道央を中心に感染率が10%以下の地域も多く、地域によりキツネの感染率に偏りが認められる。その後も、道南と道東では常に感染率の高い状況が続くなかで、それ以外の地域でも感染率が高くなっていく傾向が認められ、1994〜1996年の段階では、キツネの感染率が30%を超える地域は14支庁中7支庁に上っている。

これまで、北海道東部の根室地方で宿主動物の生態調査を含め野生動物間でのエキノコックスの伝播に関する検討が行われてきた。この地域ではキツネを終宿主、Clethrionomys属の2種(特にエゾヤチネズミ)を中間宿主としてエキノコックスの生活環が成立している。表1は1997年に実施した小哺乳類の多包虫感染状況調査の結果である。キツネは春に出産し、巣穴を中心にファミリーを形成し子育てを行う。そして、秋にはファミリーは崩壊し、子ギツネが分散する。一方、エゾヤチネズミの繁殖は春〜秋の間で、春の繁殖期直前が最も密度が低く、夏〜秋にかけて密度は増加し、秋に最も高くなる。野外における寿命は1年を超えることは稀であり、毎年春〜秋にかけて越年個体から当年個体に入れ替わっていく。これまでの調査で、(1)春には多包虫に感染した越年のエゾヤチネズミが、沢地のヨシ原や、下草がササの潅木林内を中心に分布し、場所によっては感染率が50%を超える地点も存在すること、(2)5月〜6月の生後2、3カ月の子ギツネにも既に多包条虫に感染している例が認められること、(3)キツネのファミリーが繁殖活動に利用した巣穴の周囲で、秋に当年個体のエゾヤチネズミ・ミカドネズミが高率(20%以上)に多包虫に感染している例があること、(4)エゾヤチネズミの多包虫感染個体の齢構成の季節変化から、7月までは越年個体が優占し、秋以降、感染個体は当年個体に置き替わること、などが観察されている。これらの結果は、宿主動物の感染率の季節変化、年変化の要因として、キツネの一年間の生活史に基づく空間利用の変化や野ネズミの齢構成の季節変化が重要であることを示している。今後は、宿主動物の密度とエキノコックスの動物間流行の関係や、エキノコックス症の予防に効果的なキツネに対する対策法の検討が必要と考えられる。

北海道立衛生研究所所長  木村浩男
  〃  疫学部医動物科 高橋 健

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