多包性エキノコックスの本州における発生

多包虫(エキノコックス)症は、今や北海道全域を流行域に巻き込み、青函トンネルを通ってキタキツネが移動するなどのルートで本州に侵入することも懸念されている。過去に青森から九州まで76例の発症者、死亡者が報告されているが、その多くは海外(シベリア、満州など)での感染によるものと、北海道からの移住者等の発病であり、本州で感染環の存在が確認され、それによる感染が確認された症例はない。

そこで我々は、厚生省科学研究費・新興再興感染症研究事業の一環として、本州への多包条虫の侵入の有無を検証するために、学術文献と病理剖検輯報で本症患者および剖検例を検索し、症例を比較対照し、感染ルートを考察するとともに、山梨県K村付近で捕獲したキツネ(ホンドキツネ)を解剖し、多包条虫腸管内寄生の有無を検索した。

北海道以外の日本各地における多包虫症患者は、感染地によって(1)原発?(居住地での感染以外に説明が困難なもの)、(2)北海道、 (3)海外(千島、シベリアなど)、(4)不明(原記載のないもの)の4群に分類される()。患者数が最多なのは(3)海外であり、そのほとんどは戦前〜戦後に千島列島、シベリアなどの流行域に生活/抑留されていた人々である。次に多いのは(2)北海道(一時滞在者と道外への転出者)で、道外に検診システムがないため重症化し末期になって診断され死亡する例が多い。(1)原発?群は青森県が最多、次いで宮城県他に分布しているが、いまだ多包条虫の生活環(終宿主/キツネ・イヌ、中間宿主/野ネズミ)が確認された地域はなく、本州各地で感染した確証がある患者はない。沖縄県の症例(1.5歳女児)は米軍人が持ち込んだ犬からの感染と考察されている。全体の性比は男:女≒2:1だが、原発?群では女>男と逆転しており、伝播経路が他と異なることも考えられる。

山梨県南部K村周辺で1998年初に捕獲されたホンドキツネ17頭の腸管から多包条虫成虫の検出を試みたが、全体として腸内寄生虫数は比較的少なく、また多包条虫(E. multilocularis)はまったく発見できなかった。

現在、多包条虫の生活環の一部ないし全部の成立が証明された地域は北海道以外にはなく、本州に侵入したとの確証も得られていない。これまで北海道から搬出される牧草や芝草に虫卵や感染ネズミが紛れ込む可能性、北海道で感染した犬を連れ出す可能性、青函トンネル経由のキタキツネ・ネズミの移動などが仮説として挙げられてきたが、いずれも仮説の域を出ていない。今後、本州でのキツネ、野ネズミ等からの虫体検出に努めるとともに、屠殺豚肝臓を用いた多包虫病巣検索などの努力を重ねていく必要がある。とくに、今後、定常的監視体制を確立するには、屠殺豚肝臓の多包虫病巣検索が最重要課題になろう。

謝辞:キツネ腸管内寄生虫の検索を担当された麻布大学環境保健学科・内田明彦助教授、文献照会にご回答下された諸先生に深謝します。

横浜市立大学医学部衛生学教室 土井陸雄

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