麻疹ワクチン接種児の家族内麻疹患者接触後の罹患状況
緒言:麻疹ワクチンの有効性に関してよく話題になるのは、ある小児集団において麻疹患者数何名のうちワクチン接種歴のある例が何例、ワクチン接種をしてもこんなに多数の小児が麻疹に罹患しているから有効性に問題がある、という乱暴で非科学的な報告である。ワクチン接種をしても罹患してしまった気の毒な子供の周囲にはワクチン接種のおかげで罹患せずにすんだ多数の例がいるはずであり、本当の麻疹ワクチンの有効性は、ある小児集団でワクチン未接種児が麻疹患者と接触し、その感染機会の結果、どれほどの割合で罹患するかを調査して、同時に同一集団内のワクチン接種歴のある小児においては、ワクチン接種の結果、麻疹罹患率をどれほど減少できたか、で論ぜられるべきである。ここでは愛知県において長期にわたり医師会・小児科医会の協力を得て実施、現在も進行中の麻疹ワクチン有効性に関する日常診療の現場での調査結果を紹介したい。
目的:現行麻疹ワクチンの臨床的有効性を日常診療の現場で明確にする。
調査方法:本邦において現在最も麻疹罹患の危険が多いと思われる家庭内で麻疹患者と同居している同胞の麻疹続発状況を調査する。調査対象は1985年〜1997年までに愛知県下25カ所の医療機関を受診し、麻疹と臨床診断された児の同居同胞。診断された時点で調査用紙記入を保護者に依頼。1カ月後に家庭内における同胞の続発状況の調査結果について回答を回収し、空欄や疑問のある点については直接、または電話で確認をとった。
結果:麻疹患者の同胞1,238名について家庭内接触後の罹患状況が調査可能であった。
(1)調査開始後12年間でワクチン有効率に差は認められなかったのでまとめて報告する。このことは10年前と最近で(麻疹ウイルスの遺伝子および抗原性の変化について詳細な研究が進展しているが)ワクチン効果に変化がないことを示唆している。
(2)初発例後数日で発病した同胞続発例は、麻疹の通常の潜伏期を考慮すると共通の感染源から感染・罹患した例と思われ、除外した。1カ月以後に罹患した例も除外した。
(3)結果をまとめて表に示した。
1)対象集団のうち母体由来の移行抗体が残存していると思われる生後6カ月未満の小児では罹患者はいなかったが、麻疹ワクチン接種後麻疹罹患歴がない妊婦から出生した6カ月未満の小児における移行抗体の保有状況や、生後6カ月未満小児の麻疹罹患状況は愛知県下でも報告されており、重要な話題であるが、本題とずれるので機会をみて紹介したい。
2)麻疹罹患歴のある同胞は家族内感染機会があっても罹患していない。医師の診断や家族の記憶をもとにした麻疹についての罹患歴の正確さが示唆された。
3)麻疹ワクチン未接種児が家族内感染機会に曝されると90%以上が罹患する。麻疹ウイルスの伝染力の強さと不顕性感染が少ないことを示している。
4)麻疹ワクチン接種歴のある場合、罹患率は 2.2%まで減少し、表のように有効率を算定すると97.6%、すなわち家庭内暴露後の罹患をワクチンは約98%引き下げている。
5)一部小児は潜伏期にガンマグロブリンによる発病阻止・軽症化が試みられている。
まとめ:現行麻疹ワクチンの有効性は優秀であり、接種普及の努力を続けたい。
名古屋大学医学部国際保健医療学 磯村思无