大学および附属高校で発生したShigella sonneiによる赤痢集団感染事例−長崎市
1998年5月、長崎市内の私立大学および附属高校において、S.sonneiによる赤痢の集団感染が発生し、最終的には、感染者が821名に及ぶという長崎県内では過去最大規模の集団発生となった。感染経路は、井戸水の滅菌装置に塩素剤が入っていなかったことや、疫学調査の結果から、同大学構内の井戸水が原因とされた。
1.概要
5月14日午後、「大学生5名が、下痢・発熱・腹痛を主徴とする食中毒の疑いで市内の病院へ入院した。」という連絡を受け、当試験所で検査を開始した。翌15日午後、有症者の便培養に赤痢菌と疑われるコロニーが認められ、抗S.sonnei I相血清に凝集を示した。推定試験の段階であったが、防疫上のことなどを考慮して、当該保健所長に中間報告した。
16日、生化学的性状および血清凝集反応の結果から赤痢菌S.sonneiと決定、これにより長崎市赤痢集団発生対策本部が設置され、大学・高校への立ち入り調査や、大学構内および近傍の井戸水・河川水等の水質検査も本格的に始まった。18日には、16日に採水した大学構内の2カ所の井戸のうち1カ所の井戸原水から、患者と同じ型のS.sonneiを検出した。これにより、市の対策本部は、集団赤痢がこの井戸水が原因で発生したものと断定し、大学周辺地区の井戸水をはじめとする環境調査や、保健センターでの市民を対象にした無料検便の実施など、二次感染の防止と原因究明の指示を出した。これらの検査は、6月18日の終息宣言まで続いた。さらに、有症者追跡検便を、6月30日〜7月末まで実施したが、新たな陽性者は出なかったため、今回の赤痢事件に関する細菌検査をすべて終了した。検査総数は、7,538件であった。
2.検査方法
便からの赤痢菌の分離同定は通常の方法で行ったが、水からの赤痢菌の検出は、1986年の長崎市夫婦川町で発生した赤痢集団感染事例で長崎県衛生公害研究所が湧水からの赤痢菌を検出したときの方法を参考に実施した。
前処理:検水5〜10lを0.45μmのメンブランフィルターで吸引瀘過し、フィルターを増菌培養した。
(1)培養検査:増菌培地として、100mlのトリプトソイブロス(TSB)を2本用意し、うち1本はテトラサイクリンの濃度が、30μg/mlになるように調整した(TC加TSB)。35℃で18〜24時間増菌培養した。
分離培地は、SSおよびBTB寒天を併用した。同定は、通常使用していTSI、LIMおよびアピ20Eを用いた。診断用抗血清型別は、デンカ生研の赤痢免疫血清で実施した。
(2)PCR法:増菌した菌液5μlを試料とし、プライマーはTaKaRaのINV・IPHを用いて実施した。
(3)薬剤感受性試験:環境由来株(井戸水等)6株と臨床由来株(患者等)34株の計40株を用い、ディスク法(一濃度ディスク:昭和)で実施した。使用薬剤は、ABPC、AMPC、CVA/AMPC、CFIX、CAZ、CPZ、CEZ、CZX、AZT、PL、CL、KM、AMK、GM、MINO、TC、OTC、EM、NA、OFLX、CP、SIX、FOMの23薬剤を用いた。
(4) PFGE法によるDNA解析:環境由来と患者由来計40株を国立感染症研究所へ依頼した。
3.結果
(1)井戸水からの赤痢菌検出では、TC加TSBで増菌したものをSSおよびBTB寒天で分離した場合は、赤痢菌の分離が容易であったが、TSB増菌の場合には分離できなかった。
(2)PCRに用いた増菌培養液の培養時間は、6時間で検出可能であった。
(3)TC、OTC、SIXについては、従来から言われているように薬剤耐性であったが、40株中1株だけOTCに感受性が確認され、また腸管感染症によく使用されているFOMに対しては、2株が耐性を示した。このため、残りの132株の保存株についても、TC系およびFOMを中心に感受性検査を実施した結果、TC系には4株の感受性株が、またFOMについては、5株の耐性株が認められた。
(4)国立感染症研究所へ依頼したDNA解析の結果は、すべての菌株が同一タイプであるが、a〜dまでのサブタイプ(変異株)が存在するとの回答であった。
4.まとめ
井戸水の汚染原因を追及するために、様々な検討を行ったが、原因は不明であった。ただ、赤痢菌が検出された井戸近傍の排水設備の人孔に食塩水を注入したところ、原因井戸の塩素イオン濃度が上昇したことから、排水設備からの漏れによって井戸が汚染された可能性が指摘される。
今回の集団赤痢事例は、比較的早期に感染経路を特定できたにもかかわらず、821名もの感染者が発生した。あらためて、飲料水を原因とする赤痢の重篤さを痛感させられた。
長崎市保健環境試験所