大阪府立公衆衛生研究所におけるAIDS/HIVの調査研究

 1.ウイルス分離は発症マーカーのみならず治療マーカーとしても有用である
1987年より、150名のHIV感染者について、病態と治療効果を調べる検査を行ってきた。この数年、病態と予後を示す良いマーカーとして、ウイルスロードとCD4陽性細胞数が用いられていることはよく知られている。我々は1987年より、ウイルス分離により、病態の進行にともなう感染者の体内でのウイルス量の増加とT細胞株に感染するいわゆるSIタイプのウイルスの出現を検出し、それらが発症マーカーとして有用であることを示してきた。分離には、感染者の末梢血単核球(PBMC)を多量のPHA刺激済みの健常人PBMCと共にフラスコ内で培養する方法を採用し、体内ウイルスの状態を示す指標として「分離指標」を設定した。これは分離の成否、分離に要する培養期間および分離ウイルスのT細胞株(MT-4またはMT-2細胞)への感染性の有無を表したものである。ウイルスが分離されず、または分離されても培養に2週間以上要し、分離ウイルスがNSIタイプの状態から、2週間以内の培養でウイルスが分離され、分離されたウイルスがSIタイプに変化すると発症が近いことが我々の観察において認められた。しかし、最近の2年間においては、ウイルス分離率は著しく低下し、SIタイプのウイルス株の出現も病態が進行した一部の例においてのみ認められるようになった。この現象は、同時期に普及した多剤コンビネーション治療により、体内のHIVの増殖が効果的に抑制され、ウイルスの変異の進行が遅れたり、元に戻ったりした結果であると推測された。実際、個々の感染者においても、薬剤による治療が効を奏して血中ウイルス量が減少し、CD4陽性細胞数が上昇した例では、治療開始以前にSIタイプのウイルスが検出されていたものでも、分離に要する培養期間が延長し、SIタイプのウイルスが消失し、さらにはウイルスが分離されなくなったりする例が少なからず見られた。このことから、ウイルス分離から得られるデータは、体内のウイルスの状態をよく反映しており、発症の予知のみならず、薬剤治療の効果を示す良いマーカーになりうることが明らかとなった。今後、ウイルスロードと分離データを組み合わせることにより、より正確な治療効果の判定が可能となると思われる。

 2.薬剤耐性試験における問題点
現在までに、抗HIV剤投与を受けている80名のHIV-1感染者について薬剤耐性を遺伝子解析により調べたが、53%の感染者(1年以上投与では69%)について薬剤耐性を示す遺伝子(アミノ酸)変異が検出された。薬剤耐性の内訳を見ると、45%以上がAZT耐性を示し最も多く、3TC耐性がそれに次ぎ、また3剤以上に耐性を示す例が8%近く見られた。約90%の感染者において、プロテアーゼ阻害剤の投与を受ける以前から1〜3カ所の薬剤耐性に関与するアミノ酸変異が検出された。それらのうち最も出現頻度が高かったのは、Leuであるべき63番目のアミノ酸がProに変わっている例であり、次いで36、77番目にも多く見られた。いくつかの例では、薬剤投与開始後に2〜5カ所の新たな変異が観察され、それに伴う血中HIV量の増加が認められたため、プロテアーゼ阻害剤に対する耐性を獲得したものと判断された。しかしながら、投与以前より存在する変異が治療効果に及ぼす影響については今のところ明らかではない。また、明らかなアミノ酸変異が検出されないにもかかわらずin vitroにおけるウイルス株の薬剤感受性テストにおいて耐性を示す、いわゆるgenotypeとphenotypeが一致しない例が少ないながら認められた。このことから、薬剤治療を開始する場合、あるいは遺伝子解析の結果と臨床データが一致しない場合などにおいては、体内ウイルスの薬剤感受性テストも合わせて行う必要があると考えられた。

 3.大阪府における医療機関受診者を対象にしたHIV感染のモニタリング
性感染症であるHIV感染症においては、性的行動が盛んで、感染について危険度の高い行動を取るグループにおけるHIV感染を把握することにより、HIV感染の拡大傾向の予測や、有効なAIDS対策のための重要な情報を得ることが可能であると思われる。1992年から、府下の性病科、泌尿器科、産婦人科を開業している6カ所の個人医療機関を受診した者のうち、同意を得た例について採血し、HIV抗体検査を行ってきた。1992年〜1998年まで、7年間にのべ13,270名を調べ、32名のHIV-1抗体陽性者が発見された。特徴的な所見のひとつは、1996年を除く毎年、10〜20歳代の外国人女性の陽性者(東南アジア国籍)が発見されてきた点である。外国人女性の被検者のうち陽性者の比率は0.63〜3.1%と高率を示した。一方、日本人は男性において、1994年以来現在まで20〜40歳代の陽性者が続けて発見されていることが注目される。日本人男性被検者に占める陽性者の割合は、1994〜97年にかけて0.6から1.58%に毎年上昇する傾向が見られたが、1998年には0.48%と減少した。日本人男性陽性者については詳しい感染リスクは明らかではなかったが、20〜40歳代の性的にアクティブな人々にハイリスクな性行動をとるものが多いことが推定され、これらの年齢層に対する啓発活動の強化が必要であると思われた。

大阪府立公衆衛生研究所病理課
大石 功 大竹 徹 森 治代 川畑拓也 泉本洋子

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