サンドイッチによるA群レンサ球菌集団感染事例−熊本市
1998年9月29日、熊本市内の会社内診療所医師から、同社の職員組合大会が26日に開催され、その参加者の中に咽頭痛および風邪様症状を訴えている者が多数いることから、患者の咽頭ぬぐい液を検査したところA群レンサ球菌を検出したとの通報が熊本西保健所にあった。調査の結果、患者はその大会に昼食として配布されたサンドイッチの摂食者(持ち帰ったサンドイッチを摂食した家族を含む)に限られており、摂食者数287名、患者数254名であった。主症状は咽頭痛(91%)、発熱(79%)で、平均潜伏時間は32.8時間であった。
調理施設等のふきとり、大会当日のサンドイッチ残品等の検体についてはA群レンサ球菌および食中毒起因菌の検査を、患者および調理者便については食中毒起因菌の検査を、また咽頭ぬぐい液についてはA群レンサ球菌検査を行った。その結果、原因と考えられる食中毒起因菌は検出されず、患者の咽頭ぬぐい液10検体中9検体から、また調理従事者の咽頭ぬぐい液2検体中2検体からStreptococcus pyogenes T28型が検出された。検出されたすべての株について、PCR法を用いたA群レンサ球菌の発赤毒遺伝子(SpeA、SpeB、SpeC)の検出と制限酵素SmaI、SfiIで消化したゲノムDNAのパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)パターンの比較を行ったところ、すべての株からSpeB、Cが検出され、PFGEパターンは同一であった。
本事件の最大の発生要因は調製能力を超えた大量調理(調理者2名で約300食を調理している)であり、長時間室温に放置(サンドイッチ具材の調製終了からサンドイッチを作り終えるまで25℃程度で6時間、さらに搬送から摂食まで車内クーラーのみで2時間、計8時間経過している)されていた間にA群レンサ球菌が増殖したことにあると考えられた。
われわれは原因となったサンドイッチの具材4種におけるA群レンサ球菌の増殖度の違いを調べ、増殖抑制の可能性を示唆する温度条件と方法を得た。実験には患者由来株を使用し、具材4種(ポテトサラダ、卵サラダ、ツナサラダ、ハムサラダ)はマヨネーズや野菜の添加量と増殖との関係を調べるために表1に示したように調製し、保存温度は5℃、15℃、25℃、30℃に設定して行った。その結果を表1に集約して示した。15℃以下ではマヨネーズ10%添加の卵サラダが24時間後に2オーダーの増殖が見られた以外では増殖が認められなかった。25℃ではマヨネーズ添加ポテトサラダ、野菜無添加ツナサラダでは増殖せず、マヨネーズ無添加ポテトサラダ、野菜添加ツナサラダおよびハムサラダでは24時間で約2オーダーの増殖しか認められなかったが、卵サラダではマヨネーズの添加に関係なく24時間で7オーダー(102が109に)増加していた。しかし卵サラダにリンゴ酢を5%の割に添加すると、24時間後でも増殖は認められなかった。30℃でも25℃と同様な傾向が見られたが、増殖スピードが25℃と比較すると若干速かった。サンドイッチの保存温度を15℃以下に維持し、ポテトサラダはマヨネーズを20%添加することで、卵サラダはリンゴ酢を5%の割に添加することで、A群レンサ球菌の増殖を抑制することができることがわかった。ポテトサラダの20%マヨネーズ添加は通常のサラダの添加量であり、卵サラダのリンゴ酢5%の添加は風味がよくなる程度の量である。
サンドイッチ残品からは原因菌を検出することができなかったが、患者の共通食はサンドイッチのみであり、発症率が89%と高く、また検出された菌株のPFGEパターンが同一であったことから、サンドイッチが原因食品であると断定した。原因菌を用いたサンドイッチの具材での増殖実験と当時の調理行程から考慮して4種類の具材のうち卵サラダサンドイッチが本事件発生に最も大きくかかわっていたのではないかと推察された。
熊本市環境総合研究所
本田れい子 阿蘇品早苗 松岡由美子
熊本保健所 中村 勉 下田和代