手足口病 1998

手足口病(hand, foot and mouth disease:以下HFMD)は、口腔粘膜および四肢末端に現われる水疱性の発疹を主症状とし、発疹以外は無症状あるいは口腔内の発疹に疼痛を伴う程度で数日間のうちに自然治癒する、毎年夏頃に幼児を中心に大なり小なりの流行が見られる予後良好な疾患である。病因は、coxsackievirus A16(CA16)、あるいはenterovirus 71(EV71)がその大半を占めるが、その他のエンテロウイルスによっても同様の症状を呈することがある。

HFMDに大きな関心が寄せられたのは、1997年4〜6月にマレーシア・サラワク州でHFMDの流行中に幼児の急性死例が相次いだこと(登録死亡例30)、1997年7〜9月に大阪からHFMD関連と思われる3例の急性脳炎死亡幼児例が報告されたこと、そして1998年5月を中心に台湾でマレーシアと同様にHFMDの流行中に小児の急性死例が相次いだこと(1998年7月末までの登録死亡例 55)などによるものである(本月報Vol.19、No.7参照)。

マレーシア、台湾および大阪でみられたHFMDの流行期間中の小児急性死のすべてについての最終的結論は得られていないが、HFMDの経過中には急性死例があること、剖検所見からは中枢神経系合併症、ことに脳幹脳炎などの重篤なものがみられていること、病原ウイルスとしてEV71がその原因の一部となっている可能性があること、などが明らかとなった。国内においてもこれらと同様の状態が起こることも十分想定されたため、以下のような対応が1998年に行われた。

 感染研感染症情報センター:情報センターのホームページなどを通じて、HFMD・エンテロウイルス情報の積極的発信とサーベイランスの結果についての迅速な情報還元と情報の提供を行った。

 厚生省:日本医師会を通じて本症について慎重に対処して欲しい旨の事務連絡(1998.6.8付)、都道府県・政令市・特別区あてHFMDまたはヘルパンギーナの臨床経過中において重症化した患者のサーベイランス調査についての依頼(1998.7.24付)、同じく日本医師会・小児科関係学会などへの協力依頼を行い、全国的なHFMD重症例のサーベイランスを行った。

 衛生微生物技術協議会(感染研および地方衛生研究所よりなる組織):各地方衛生研究所に対しエンテロウイルスサーベイランス強化と検体受け入れについての連絡(1998.7.2付)が行われた。

 感染研ウイルス第2部:疑わしき症例の検体の受け入れ、分子疫学的調査への対応などが行われた。

1998年のHFMD・エンテロウイルスのサーベイランスの結果は、患者発生の立ち上がりは例年よりも早く18〜19週から始まり1990、95年の大流行と類似したパターンであったが、27〜28週頃より鈍り始め、両年の大流行を上回るものではなく、第3番目の流行(中規模程度)にとどまった(図1)。また分離ウイルスはCA16が大多数であった(CA16:EV71=9:1)。

HFMD重症例全国サーベイランスは1998年7月27日〜12月28日を調査期間として、日本医師会・小児科関係学会をはじめ全国の医療機関ならびに関係者の協力を得て、厚生省が行ったものである。報告の対象は、HFMDまたはヘルパンギーナの臨床経過中に重症化した症例(脳炎、脳症、心筋炎、急性弛緩性麻痺:AFP、急性呼吸不全)、その他の原因のはっきりしない急死例とした。この間全国から10例の報告が厚生省に報告されたが、該当症例は最終的に4例であった。いずれも臨床診断名はHFMDが基本にあり、1歳男児の急性小脳失調症2例、20歳男性の急性脊髄炎1例、10カ月男児の急性脳炎1例で、死亡は急性脳炎の1例であった。Echovirus 18とcoxackievirus A9が急性小脳失調症例からそれぞれ分離された。他の2例のウイルスは分離されなかった。調査期間前に発生した症例3例の報告については参考症例としたが、14歳女児が急性脳炎で死亡(血清診断でCA16)、1歳女児が乳幼児突然死症候群で死亡(ウイルス不明)、26歳女性が急性心筋炎で心停止をしているが回復している。

幸いに1998年には日本では重症例の多発ということはなかったが、流行の規模がそれほど大規模なものに至らなかったこと、原因ウイルスはCA16が中心であったことなどによるものと考えられる。しかし今後EV71感染が主流となったHFMDがわが国で大流行した場合には重症合併症の出現は否定できない。エンテロウイルスに関する基礎的研究の継続と、各方面の協力を得た本症のサーベイランスを引き続き強化することが必要である。

国立感染症研究所感染症情報センター
感染症情報室

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