千葉県における紅斑熱群リケッチア症とその発生状況
千葉県の紅斑熱群リケッチア症患者の検査は1985年より始まった。これは、当時徳島大学医学部の教授であった内田先生からの共同研究の誘いを受け、Rickettsia montana、R. japonica YH株を分与していただいたことで可能となったものである。しかし、つつが虫病は千葉県で多発していたものの、紅斑熱があるか否かについては全く判っていなかった。案に違わず1985年、1986年には紅斑熱陽性の検体は1件も無かった。ところが、1987年の7月に天津小湊町在住の57歳になる女性が臨床的につつが虫病を疑われ、血清が当研究室に送られてきた。この女性の6病日の血清では紅斑熱群リケッチアおよびOrientia (Rickettsia) tsutsugamushiの特異抗体は検出されなかったが、15病日の血清で紅斑熱群リケッチア特異抗体を検出し、本州で初めて確認された紅斑熱患者となった。その後紅斑熱患者は1998年まで経年的に発生しており、その数は表に示すとおりである。また、その発生場所について、1987年〜1995年までの患者を発生順に図に示す。1998年までの発生地別患者数は、天津小湊町8名、勝浦市8名、大多喜町11名、君津市2名、鴨川市1名、館山市1名の総計31名であった。一方、1987年に紅斑熱が千葉県に存在することが判ったため、1983年までさかのぼり、臨床的につつが虫病様患者でかつ血清学的につつが虫病が否定された検体について紅斑熱群リケッチア特異抗体を調べた結果、すべて陰性であった。また、1989年に発生した県内で4例目、大多喜町では初めての患者を診断した医師に、過去において夏季にこのような患者を診断した経験があるかどうかを質問したところ、以前にこのような患者を診断した経験は無いとのことであった。このような事実を考え合わせると、千葉県の紅斑熱が1987年を境にして急に出現したように思われる。しかし、北井による1950年代の房総半島における十日熱あるいは二十日熱の研究では、これらの疾病の発生が11月〜1月と5月〜秋季にかけての2つのピークを示し、冬季の患者はワイル・フェリックス反応でOXK株に陽性、OX2およびOX19に陰性を示し、R. tsutsugamushiも分離できているにもかかわらず夏季の患者はOXK 株に陰性、OX2およびOX19に陽性を示しながら病原体は分離されていない(東京医事新誌、1959、76:659-663)。北井は、夏季の患者については発疹熱としているが、夏季の患者の中には紅斑熱の発生地である天津小湊町で発生した例もあり、あるいは発疹熱とした患者の中に紅斑熱の患者が存在していた可能性も否定できないと考えられる。
紅斑熱患者の発生時期は6月からであり、7月、8月、9月でピークを迎え10月いっぱいで終焉する。一方千葉県で毎年50〜100程度の患者発生があるつつが虫病は、過去最も早い例で9月の発生が1件あるが、通常は10月後半から発生し、11月〜12月にかけてピークを迎え、翌年の1月にはほぼ終焉する。このように、両疾病ではその発生時期に明らかな相違が見られる。発生場所については、つつが虫病が県北西部を除いた広い地域で発生しており、中でも房総半島南部で多発しているのに比べ、紅斑熱の発生地は前述のとおり、つつが虫病患者の多発地域と重なってはいるが、今のところ限局されている。しかし、年を追って発生地を見ると少しずつ広がっているように思われる。なぜ紅斑熱の患者発生地がこのように限局されているのかについての理由は明らかではないが、これらの地域が千葉県の鹿の生息地域と良く一致しているという事実がある。そこで、現在ベクターの可能性があるダニと鹿との関係について検討中であるが、今のところ鹿がリザーバーホストとなり得るとの証明はなされていない。
ダニについては、紅斑熱群リケッチアDNAを共通に増幅可能なプライマー、R. japonica DNAを特異的に増幅可能なプライマーを用いPCRによる検討を行った結果、患者発生のある地域から採取したチマダニ類の中の数種およびマダニ類で、これらのプライマーによるDNAの増幅を認めており、これらダニがベクターである可能性が考えられている。しかし、ベクターとするにはいくつかの問題点もあり、この点に関しては現在検討中である。
千葉県ではすでに2株の紅斑熱群リケッチアを分離しており、この分離株および他の日本での分離株について検討を行った結果、検討した分離株はすべてR. japonicaに含まれると考えられる。よって、今のところ、日本の紅斑熱群リケッチア症は日本紅斑熱(東洋紅斑熱)と考えてよいと思われる。
幸いなことに千葉県では紅斑熱による死亡例は無い。これは、紅斑熱の臨床症状がつつが虫病のそれと類似しており、つつが虫病の治療薬が紅斑熱にも著効であるためもあるが、そればかりではなく地元の臨床医の方々の患者に対する迅速かつ適切な対応によるところが大きいと考える。
千葉県衛生研究所 海保郁男 水口康雄