日本紅斑熱の実験室診断
日本紅斑熱の実験室診断は主として血清学的方法と遺伝子学的方法が行われている。
1)血清診断:血清抗体の測定には間接免疫蛍光法(IF)または、免疫ぺルオキシダーゼ法(IP)が主に行われている。これらの方法は感度、特異性が高く、またIgM、IgG抗体を別々に測定できる利点がある。紅斑熱群リケッチアではそれぞれ群特異的な強い共通抗原が存在するため代表するーつを抗原として用い、診断が可能である。現在、Rickettsia japonicaを抗原として使用しているが、アフリカで紅斑熱に感染した患者の抗体もこの抗原で検査が可能であった。
診断に際しては急性期血清のIgM、IgG抗体価と比較して、回復期血清(急性期血清採血後7〜14日後に採血した血清)のIgMあるいはIgG抗体価が4倍以上上昇したものを陽性とする。また急性期IgM抗体価が40〜80倍以上(使用する二次抗体などにより異なる)の時も陽性と判定する。このような高感度の検査法を用いても、発症後5日〜7日までの血清では抗体を検出することは難しい。そこで急性期の患者血液で早期に診断するためのPCRによる遺伝子診断が有効である。
2)遺伝子診断:急性期患者血液からDNAを抽出し、これを鋳型としてPCRを行い、リケッチアに特異的なDNAの増幅を確認する。PCRに用いるプライマーは紅斑熱群リケッチア、発疹チフス群リケッチアに共通な17kDaタンパク質をコードする遺伝子を標的として2種類作製した。1種類は紅斑熱群リケッチアおよび発疹チフス群リケッチアを検出するプライマーR1(5'-TCAATTCACAACTTGCCATT-3')、R2(5'-TTTACAAAATTCTAAAAACC-3')であり、これによりR. japonicaとそれ以外の紅斑熱群リケッチア、発疹チフス群リケッチアの検出が可能である。このプライマーによるPCRでは約540bpのDNAが増幅される。PCRの条件は熱変性94℃30秒、アニーリング57℃2分、相補鎖の合成70℃2分を30サイクル行い、1st PCRでDNAの増幅が見られない場合は同じプライマーによる2nd PCRを行う。もう1種類はR. japonicaのみを特異的に増幅するプライマーRj5(5'-CGCCATTCTACGTTACTACC-3')、Rj10(5'-ATTCTAAAAACCATATACTG-3')で、このプライマーを用いてPCRを行うことにより 357bpのDNAが増幅される。
遺伝子診断では抗体が検出されるより以前に診断可能であり、回復期血清が得られず抗体の有意上昇が確認されないために判定が保留となっているものについても確定診断が可能である。しかしすでに抗体が上昇してしまった血液では遺伝子診断は不可能な場合がある。
PCRには長期間保存された患者血液や痂皮、剖検材料、ホルマリン保存した臓器などでも材料として使用することができる。またR. japonicaを媒介するマダニの特定のためにマダニからのリケッチアの検出にもPCRは有効に利用できる。
神奈川県では1992年7月、9月に2名の紅斑熱患者が発生し、PCRの結果からR. japonicaによる感染であることが確認され、日本紅斑熱と診断された。患者発生地域の近くでマダニの調査を行った結果、現在までにキチマダニ、ヤマトマダニ、オオトゲチマダニ、フタトゲチマダニにR. japonica DNAが検出されている。その後本県では患者の確認はされてないが、R. japonicaを保有しているマダニが生息していることから日本紅斑熱患者発生の可能性はあり、今後も夏季のつつが虫病様患者には紅斑熱を疑い、注意する必要があると思われる。
神奈川県衛生研究所ウイルス部
古屋由美子 片山 丘 原 みゆき
吉田芳哉 今井光信