アフリカ南部で感染した紅斑熱群リケッチア症の国内経験例

アフリカ南部で感染した紅斑熱群リケッチア症の2例を経験したので、それらの概要を述べるとともに、多少の解説をする(感染症学雑誌 72:1311、1998に既発表)。

症例1は40歳、男性。1996年3月18日〜22日まで都市環境の調査目的でジンバブエに滞在し、薮や草地に囲まれた農場を歩き回った。18日現地で宿泊し、就寝中に左腰部に虫刺され様の痛みを感じ覚醒したが、虫の確認はできなかった。3月30日〜4月3日に38〜40℃の発熱が生じ、4日頃から37℃台に下降し始めたが、その後も微熱は長期間持続した。また、3月26日頃からは刺咬部位の腫脹、発赤、痂皮形成が出現しており、同じ頃から左鼠径部リンパ節の腫脹を認めた。帰国後4月5日に微熱、倦怠、発疹を主訴として来院した。

理学的所見としては左腰部に径 1.5cmの発赤が見られたが、その中には径 0.5cmの中心部壊死を有し、典型的な刺し口escharであった。顔面、胸腹部、両側下肢に径2mm程度の紅斑性丘疹が散在し、軽度の掻痒感を伴っていた。ワイル・フェリックス反応は4月13日と6月21日に行ったが、OXK、OX19、OX2のいずれに対しても陰性であった。

ミノマイシン 200mg/日(分2)を2週間投与し、服用中は微熱、倦怠、発疹などは改善し、服用後の検査で赤沈、CRPが正常化したが、服用終了後に症状が増悪したので、再度ミノマイシンの投与を行った。

抗体測定では、初診時の血清ではRickettsia conoriiに対するIgM、IgG抗体は陰性であったが、1週間後の4月12日の血清ではいずれも1:160で陽性となり、その後同じ抗体価が持続した(国立感染症研究所・坪井先生による)。なお、血液からのリケッチア分離は成功しなかった。

症例2は34歳、男性。1997年3月6日〜25日まで南アフリカ共和国に滞在した。現地にて3月17日から4日間発熱した。19〜20日頃皮膚の紅斑に気付き、期日は不詳であるが左腰部に刺し口の特徴を示す皮膚病変に気付いている。23日から数日間テトラサイクリン系抗生剤と思われる薬剤を服用した。4月3日検査を希望して来院し、両下肢には丘疹が残存していたが、刺し口は色素沈着の跡を残すのみであった。治癒に至っているものと判断し、新たな治療は行わなかった。

R. conoriiに対する抗体価は4月3日(発病17日後)にIgM抗体が1:160、IgG抗体が1:320と陽性を示し、5月6日(発病50日後)にはIgM抗体が1:40に低下したが、IgG抗体は1:320と変化がなかった。

以前から知られている地中海紅斑熱は主にスペイン、イタリア、南フランスからアフリカに分布する。病原体のR. conoriiは通常イヌに感染しているが、それに寄生するRhipicephalus (コイタマダニ属)の刺咬によりヒトに感染を生ずる。また最近では、R. conoriiと異なる種のR. africaeを病因とし、Amblyomma(キララマダニ属)に媒介される別の疾患African tick-bite feverの存在が示された。従って、以前から地中海紅斑熱とされていた症例にはAfrican tick-bite feverも含まれていたことが考えられる。Raoultらは、両者の疾患の間には刺し口、リンパ節腫脹、発疹、重症化の頻度などで違いがあるとしているが(表)、これらは今後も検討されるべきことであろう。

熱帯・亜熱帯地域あるいは途上国からの有熱帰国者の中で、リケッチア症は比較的稀な疾患と考えられている。例えば、あるドイツ人旅行者の調査ではマラリアは有熱帰国者のなかで6%を占めたが、リケッチア症は 0.5%に過ぎなかった。しかし、無治療でも自然治癒する例が多いこと、確定診断の手段が一般化していないことから、実際にはより多いものと推定される。米国でも、最近20年間にCDCで確認された地中海紅斑熱は50例以下であるが、医師がその臨床像に慣れていないために見逃されていると推測されている。一方スイスでは、有熱帰国者の発熱原因の中でリケッチア症が3位にランクされたこともある。

ほとんどの場合予後は良好であるが、Raoultらによると、特に地中海紅斑熱では重症化が5%に、死亡例が 2.5%に見られるとされ、侮れない疾患である。重症化の内容として出血傾向、肝障害、腎不全、心筋炎、髄膜脳炎、肺炎などが挙げられる。エンピリックテラピーで汎用されるセフェム系抗生剤が無効であり、テトラサイクリン系抗生剤を使う必要があるので、これらの疾患の認識を高める必要がある。

診断に関しては、国内では本2症例のようにR. conoriiに対する抗体価の上昇を見るのが一般的であり、国内で実施可能な機関はいくつかある。しかし、それのみでは地中海紅斑熱とAfrican tick-bite feverの2疾患を区別できない。Raoultらのグループは患者血清を用い、両者の抗原による吸収の前後で両者の抗原に対するイムノブロットを行い、190kDタンパクに対する抗体を見ることで区別している。また、末梢血中の内皮細胞、皮膚生検材料からのリケッチア培養ができれば、190kDタンパク遺伝子をPCR増幅し、RFLP分析を行うことで区別できる。

東京大学医科学研究所感染免疫内科
木村幹男 岩本愛吉

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