エキノコックス症:青森県で感染ブタが検出される

北海道で激しく流行するエキノコックス症が、本州へ伝播し、流行域が拡大する可能性が指摘されて久しい。青函トンネルの完成による人的・物的交流の増大が、例えば汚染した牧草等の移入、終宿主動物の移動等、流行拡大要因として指摘されていた。しかし、幸いなことに、今まで断続的あるいは継続的に野生動物や家畜での疫学調査が行われて来たが、その感染は見つかっていなかった。一方、患者の発生は、北海道以外で報告のあった約70例のうち、青森県の感染者は21例で、そのうち9例が流行地との関連がない、いわゆる原発例とされている。このことからも、本州、特に時空的に近接している青森県への伝播の可能性が最も高いと考えられていた。

青森県におけるエキノコックス症の流行疫学調査、野生動物での調査は以前から散発的になされていた。しかし、1990年より弘前大学医学部寄生虫学教室によって本格的調査が開始され、さらに1995年からは定点観測地を設定し、流行監視体制の強化が図られてきた。また、1997年より新興再興感染症研究事業の一環として厚生科学研究費補助金の交付を受け、「流行域が拡大しつつあるエキノコックスの監視・防遏に関する研究」(研究代表者:産業医科大学・金澤 保)が開始され、本年度まで継続して調査・研究が実施されている。また、昨年度には、同じく厚生科学研究費補助金の交付を受けて、青森県での本症流行の緊急性から、「エキノコックスの発生動向把握のための緊急研究」(研究代表者:青森県環境保健センター・櫻田守美)が実施されたが、感染動物は検出されなかった。その後、継続して調査が進められる中で、青森県のブタ3頭から、エキノコックスの感染が確認され、青森県に本症が伝播している可能性が極めて濃厚になった。

ブタでの検出状況:青森県内で食肉用として検査に供されるブタは、年間約83万頭である。我々は、1997、1998年の両年に、約1,900頭のブタの血清を採取し、エキノコックス感染を特定するための血清学的検査法の検討を行ってきているが、今までのところ特異的に有効な技法は開発されていない。その過程で、食肉検査に供されたブタの肝臓に病巣のあるものは、病理組織学的に調べてきたが、エキノコックスの感染を認めることはなかった。しかし、この検査時、さらに詳細な検討が必要とされて、青森県十和田食肉衛生検査所で保管されていた材料を1999年8月に調べたところ、3例にエキノコックスの感染が発見された。それらは、1998年8月に食肉検査に供された2例と同年12月の1例であった。いずれの感染ブタも十和田食肉衛生検査所管内の同一生産業者から持ち込まれた、6カ月齢の去勢豚であった。食肉検査時、肝被膜下に少し盛り上がった約5〜10mm径の白色病巣が識別された。その組織切片を作製し、ヘマトキシリン・エオジン染色、ならびにPAS 染色を施したところ、エキノコックスに特徴的なクチクラ層が明瞭に識別され、エキノコックスの感染による病巣であることが確認された。

当該豚生産農場は、現在約1,500頭を飼育しており、仔豚を購入して肥育させて出荷する豚と、自家繁殖後、肥育している豚とが混在していた。購入仔豚に関する今までの調査では、北海道との係わりはなく、地域の畜産農業組合で競りに掛けられたものであった。また、農場は水田と畑地が混在する平野部にあった。昨年は、ネズミの異常発生があり、豚の給餌箱が黒くなるほどのネズミが、餌を食べに来ていたとのことであった。その防除のため、10数匹のネコが飼育されているが、イヌは飼育されていなかった。また、近辺へのキツネの出没に関して聞き取り調査を行い、キツネの生息が確認された。

北海道でのブタの感染率は、1995〜1998年で0.14〜0.25%であり、決して高くはないが、北海道で年間約103万頭が食肉検査を受けているので、年間1,400〜2,600頭の感染ブタが検出されたことになる。現状では、青森県のブタの感染状況が北海道のそれとは異なることは明らかであるが、今回、同一の豚飼育農場から時期を違えて3例も本症が検出されたことは、ある時期あるいは現在も本症の流行があることを強く示唆している。今後、感染ブタが検出された農場周辺地域での、好適中間宿主であるハタネズミなど野鼠での感染や、終宿主での感染の特定など、自然界での流行状況の確認には、さらに調査が必要であることは論を待たない。また、その流行を押さえるために、行政ならびに大学など研究機関の綿密な連携を基にして、効果的監視体制を構築する必要があろう。

弘前大学大学医学部寄生虫学教室 神谷晴夫
産業医科大学医学部寄生虫学・熱帯医学教室 金澤 保

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