世界の薬剤耐性結核

結核菌の薬剤耐性は、結核菌ゲノム遺伝子に起こった突然変異を人為的に増幅することにより発生する。不規則な薬剤の供給、不適切な処方、治療脱落の結果としての単剤治療は感受性菌の発育を抑えることができても耐性菌の増殖を許すことになる。この現象を“獲得耐性”と呼んでいる。薬剤耐性菌で感染を受けた場合は最初から薬剤耐性の病気となる。この現象は“初回耐性”と呼ばれている。

米国やヨーロッパにおけるHIV感染者の間の多剤耐性結核菌による集団感染が国際的に注目を浴びている。主要薬剤であるイソニアジド(INH)とリファンピシン(RFP)の両者に耐性を示す場合を多剤耐性結核(MDR-TB)と定義しており、その発生は結核対策において脅威である。多剤耐性菌に感染した患者は治療が非常に困難であり、より強力で高額な治療を必要とする。

WHOとInternational Union Against Tuberculosis and Lung Disease(IUATLD)は1994年に世界的規模で薬剤耐性結核のサーベイランスを開始した。これまでに35の国と地域から結果が報告された(表1)。初回耐性の頻度は国により2%〜41%の範囲に広がっており、中央値は10.4%であった。大きな問題となる初回MDR-TBは0%〜14.4%の範囲で、中央値は1.4%であった。一方、既治療例から得られる獲得耐性の頻度は5.3%〜100%の範囲でその中央値は36%であった。また獲得MDR-TBの頻度は0%〜54%の範囲であった。調査対象国の1/3では新患者の2%以上がMDR-TBであった。ラトビアでは治療中の患者の22%、ロシアの調査対象地域では7%、ドミニカ共和国では9%がMDR-TBであった。アフリカのコートジボワールでもMDR-TBの出現が認められた。アジア(インド、中国)からの予備報告でも、同様に高率に薬剤耐性が認められた。WHOはピラジナミド(PZA)を含む6カ月の短期化学療法(SCC)とDirectly Observed Treatment, Short course(DOTS、直接監視下短期化学療法)の遂行を強力に進めている。DOTSは今回報告された35の国と地域の中でまだ広く受け入れられていないことより、DOTSの遂行と耐性頻度の間の関連は見られなかったが、標準的SCCで治療された患者の割合と初回MDR-TBの頻度の間に有意の差が認められた。すなわち、結核対策が悪いと見られている国の半数は初回MDR-TBの頻度は2%以上であったのに対し、中等度の結核対策をしている地域ではその1/5であり、結核対策の行き届いた国では多剤耐性は見られない。

日本の結核療法研究協議会は5年ごとに、入院時に分離された結核菌の薬剤に対する耐性頻度を調査してきた。この研究には毎回40数施設の結核専門病院が参加しており、得られた成績は日本における薬剤耐性の状況を表しているものと考えられる。1992年の成績では、治療歴を持たない初回患者から分離された結核菌の主要5種の薬剤、INH、RFP、ストレプトマイシン(SM)、エタンブトール(EMB)、カナマイシン(KM)のうちいずれかに耐性の割合は5.6%であったが、既治療例では27.8%と約5倍高い頻度であった。さらに、未治療例では耐性例の85%以上は1剤に対する耐性で、2剤以上の薬剤に対する耐性は20%以下であった。これに対し、既治療例では50%以上が2剤以上の薬剤に耐性を獲得していることが分かり、初回治療完結の重要性が改めて認識された。1987年、1982年と比べ耐性頻度は横這い状態であったが、化学療法の普及後に感染を受けたと考えられる比較的若い年齢層では高齢者と比べ有意に上昇しており、今効果的な対策が望まれる。

これまで日本で用いてきた薬剤感受性試験法は外国で用いている方法と異なることから上述のWHO/IUATLDの成績と1992年の日本の成績を単純に比較することはできない。1997年度の結核療法研究協議会による薬剤耐性結核のサーベイランスでは国際的比較を可能にするため試験濃度など検査法を変更した。現在集めた分離株の分析を進めている。

結核予防会結核研究所 阿部千代治

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