修学旅行時に発生した小型球形ウイルス起因が疑われた食中毒事例−佐賀県

1999(平成11)年5月、佐賀市内の中学3年生が、新幹線を利用した京都への修学旅行帰りの車中で嘔吐、嘔気を主徴とする重症な食中毒様症状を呈し、抗体検査により小型球形ウイルス(SRSV)を疑う事例に遭遇したので報告する。

患者数は83名(36%)で、初発症状は嘔気がもっとも多く、5回以上の嘔吐が17名にみられ、トイレに駆け込む生徒や通路等に吐く生徒がみられた。発熱は39℃以上の高熱は少なかった(表1)。しかし、脱水症状や手足のしびれ感、悪寒等があり、全体として症状は重く、途中の博多駅で10名が救急車で搬送され緊急入院した。その後も患者は増え、最終的に46名が入院した(通院は37名)。

本事例は当初、症状が重く、昼食の弁当を喫食後急激に発生したことから、弁当内の毒物が疑われ、毒物検査キットによる検査が行われた。その後の疫学調査で、弁当喫食以前にも患者発生があることが判明するとともに、臨床診断と毒物検査の結果により毒物は否定された。また同時に進められた細菌検査では、黄色ブドウ球菌、病原性大腸菌が検出されたが、その検出状況から細菌性食中毒は否定された。

以上のことから、入院患者からウイルス検査を実施した。対象とした入院患者は脱水がひどく、輸液療法が行われていたため糞便の採材が困難であり、採取はできなかった。その後、保存されていた患者吐物からRT-PCR法によりSRSVの検出を試みたが、検出できなかった。

このため入院当日の保存血清と回復期の患者9名のペア血清を得て、組換えバキュロウイルス発現SRSV抗原(SRSV中空粒子、VLP)7種(genogroup I 3種およびgenogroup II 4種)を用いたELISA法による抗体検査を行った。その結果、全員でgenogroup IIの有意な抗体上昇(回復期の吸光度が急性期の2倍以上の上昇を示す)が確認され、そのうち2名では、genogroup Iにも有意な抗体上昇を示した。またgenogroup IIでは、複数の抗原に抗体上昇を示した(表2)。

これらのことから本事例は、原因としてSRSVが疑われ、その原因食は患者共通食である旅館の食事が推定された。

SRSVによる症状は一過性で終わることが多い。本事例では、修学旅行という非日常の生活に加えて、ハードスケジュールであったため重症化したものと考えられた。また本事例はSRSVの流行期以外の発生であること、あるいは報道機関による報道が先行して潜伏時間が短いという先入観があり、ウイルス検査の着手が遅れたが、保健所との連携や疫学調査の重要性が再認識された。今後、冬季以外でもウイルス検査と細菌検査とを併行して実施する必要性を痛感した。

今回用いたELISA法は、抗原の供給を受ければ簡便で、糞便材料が入手できなかった場合の補助診断として非常に有用であった。いまだにSRSVの培養系がない現在、限られた検体から精製した抗原を使用するウエスタンブロット法と異なり、広範囲な血清疫学的解析も可能と思われる。

終わりに、組換えバキュロウイルス発現SRSV抗原を分与いただいた国立感染症研究所・名取克郎、武田直和両先生と、本調査を実施するにあたり、ご協力いただいた宮崎県衛生環境研究所・山本正悟先生および担当保健所、医療機関、中学校の皆様に深謝します。

佐賀県衛生研究所 舩津丸貞幸 江頭泰子 諏訪輿一

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