老人保健施設内で集団発生した小型球形ウイルス感染症に関する調査報告(第2報)−秋田県
我々は1997年に老人保健施設内での小型球形ウイルス(SRSV; NLV)集団発生を経験し、介護を伴う施設における人から人への感染の可能性について報告した(本月報Vol.18、No.6、1997参照)。1999年5月に秋田県では2例目の老人保健施設内集団発生が起こり、感染者の分布など前回と類似する点が多かったため、介護や集団生活を伴う施設における衛生管理の参考とするために再度情報を提供する。
本年5月初頭に秋田県内の某老人保健施設(入所者89名、職員52名)において、4日間にわたって下痢・嘔吐・発熱等の症状を呈する入所者が19名いるとの報告を受けた。管轄保健所は直ちに入所者および職員全員の検便や摂食調査等の対策に乗り出したが、有症者はその後増えて24名に達した。入所者にデイサービス利用者4名を加えた93名の施設利用者と職員を合わせた145 検体(糞便)について細菌・ウイルス両面からの検査が行われ、36名(入所者26名、職員10名)からSRSVが検出された。なお、それ以外の職員1名から腸管出血性大腸菌(EHEC)O150:H21、VT2 が検出されたが単発であり、二次感染防止策は必要だが本事例とは関与しないと判断された。当施設では給食も提供しており、調理員1名がSRSV陽性であったことから食品媒介の可能性も考えられたが、給食摂食者と陽性者との関連が認められないこと、患者発生期間が食中毒にしては長いこと、調理員から検出されたSRSV遺伝子のSSCP(single strand conformation polymorphism)パターンが他の大多数の陽性者とは異なること、さらに陽性者(不顕性感染者も含む)が入所者のみならず看護婦や介護職員の間にまで広がり、それらのSSCPパターンが一致することから、接触を通した感染事例と判断して対策を講じ、おおむね1週間で流行を収束させることができた。我々は1997年の施設内事例を通して類似事例に対するマニュアル(本月報上記ページ参照)を準備していたため、早期に対応することができた。今回は陽性者36名について1カ月後に再検査を行い、全員が陰性となったことを確認した。これは症状が消えてからも2〜3週間はSRSVの排泄が続くことがあるという報告に基づいた措置であった。
検査に関する総合成績を表1に示す。検査はRT-PCR法によって行い、プライマーはYuri系と35/36系を併用した。陽性となった36検体のうち3検体はYuri系プライマーでのみ検出され、他は両方のプライマーで検出できた。52名の職員の構成を表2に示す。10名の職員陽性者は看護婦、介護職員、調理員の間で見つかった。RT-PCRで増幅された36名のDNA断片についてSSCP解析を行ったところ3種類(便宜上A、B、Cとする)に分類されたが、32名が同じ型(塩基配列が一致すると考えられる)であった。これを仮にA型とすると、他はB型が3名(Yuri系でのみ反応した検体)、C型が1名となった。調理員から検出されたのはB型(他は看護婦と入所者がそれぞれ1名)であり、C型の1名は看護婦であった。この結果から、給食を介しての感染という可能性は薄くなり、介護の過程(糞便や吐物の後始末も含む)における接触が原因との見方が優勢となった。また、有症者はすべて入所者であり、職員陽性者は症状を示していないため、本人が気付かずに感染を広げていった可能性が高い。入所者(デイサービスも含む)に関して症状の有無と検出成績を比較したのが表3であり、ここでも不顕性感染が認められる。糞便以外には吐物が1検体持ちこまれ(糞便と同一人)、そこからもSRSVが検出された。SSCPパターンはA型で、糞便のものと同一であった。吐物からのSRSV検出は前回の事例でも確認されており、糞便と同様に感染源としての警戒が必要であると考えられた。このようにSSCP解析は感染の全体像を迅速に把握する上で大いに有用であった。
本事例は結果的には単一SRSV株による施設内感染という形になったが、他の型のSRSVが2種類、さらにEHECも検出された。本県ではここ数年、複数種類の細菌・ウイルスが検出される食中毒事例を経験している。こうした事例は特定の病原体が侵入あるいは持ちこまれるケースと違って、飲食店や施設が全体的に不潔で、何らかのタイミングで感染が起こり、それが拡大していったものと考えられる。今回の事例も施設内に様々な病原体が存在し、そのうちのどれかが大量発生した結果と考えることもできる。今後、この種の施設においては、衛生管理の一環として、定期的な検便や、ふきとり等のモニタリングを検討していく必要があると思われる。
秋田県衛生科学研究所
斎藤博之 原田誠三郎 佐藤宏康 宮島嘉道
秋田市保健所
鐙屋公雄 高橋勝美 添野武彦