急性弛緩性四肢麻痺を呈したボツリヌス中毒の一例、1999年8月−千葉県柏市

食餌性ボツリヌス症は、1984年86名が罹患し11名の死者を出したカラシレンコン事件以降も散発的に発生が見られ、昨年も東京都で輸入グリーンオリーブの塩漬けによる集団発生が見られている。

今回、千葉県柏市で発生した12歳女児の事例は真空パックハヤシライスの摂食による感染であり、摂食後約19時間で発症し、病院到着後30分で緊急呼吸管理が必要となった重症型であった。発症約1週間で便、血清よりA型毒素が検出されたが、抗毒素血清の効果がほとんどなく、60日目に至っても呼吸管理を必要としている。本症例の臨床症状、経過を以下に示す。

 症例:12歳女児
 主訴:歩行、起立困難
 既往歴:低出生体重(成長発達に問題なし)、気管支喘息(コントロール良好)
 病歴:入院前日昼に古くなった真空パックのハヤシライスを食べていた。翌朝よりふらつき、めまいを訴え近医にて補液を行ったが改善せず、午後より立てなくなり、さらにろれつが回らず、ぐったりしてきたため意識障害として当科救急診療部に受診。到着後も急激に麻痺が進み、呼吸不全も合併したため挿管、呼吸管理を開始。やや落ちついた後、指先のわずかな動きで意志疎通が可能で、意識障害はなかったことが判明した。

 入院時現症:体温36.7℃、心拍135 /分、呼吸数42/分、血圧172 /104 、酸素飽和度94%、意識レベル不明、体色良好、浮腫なし、発疹なし。

対光反射正常、筋緊張低下が著しく、進行性弛緩性四肢麻痺を呈していた。深部腱反射消失、項部硬直なし。胸部聴診上呼吸音減弱、腹部平坦かつ軟。

 主な入院時検査所見:血液ガス分析(酸素3リットル投与下で) pH 7.183、 pCO2 67.9mmHg、 pO2 346.0mmHg、 HCO3 25.5mmol/l、 BE-4.4、 WBC 9,900/mm3、 RBC 502X104/mm3、 HB 14.3g/dl、 Ht 41.2%、 PLT 183,000/mm3、 PT 91%、 APTT 32.4sec、 Fbg 313mg/dl、 GOT 14、 GPT 10、 LDH 202IU/l、 CRP 1.2mg/dl、 CPK 65IU/l、 IgG 1,565mg/dl、 IgA 128mg/dl、 IgM 66mg/dl

胸部XPは心胸郭比は問題なかったが、右上葉無気肺が見られた。腹部単純XPで腸管ガスが極端に少なく麻痺性イレウスが考えられた。

 経過:当初ギランバレー症候群を疑いγグロブリン大量投与等を行ったが改善が全く見られず、第4病日で指先も動かせなくなり、対光反射も消失。末梢神経伝達速度で運動神経伝達は全く見られず、感覚神経伝達、中枢神経伝達(ABR)はほぼ正常、テンシロンテスト陰性といった結果からボツリヌスを疑い、東京都立衛生研究所に便、血清検査を依頼し翌日毒素が証明された。

同日多価型抗毒素血清を投与したが臨床的に速やかな改善は見られず、第16病日で対光反射、指先の動きが再開し、以降きわめてゆっくりと改善がみられるが、第60病日でも呼吸管理が必要な状態であり、頑固な便秘も続いている。

ボツリヌスはギランバレー症候群、重症筋無力症等との鑑別が問題となるが、今回急激な呼吸困難による早期緊急呼吸管理のため球麻痺、眼麻痺といったボツリヌスの初期の特徴を捉えにくく、診断がやや遅れる原因となった。その結果として毒素が神経末端に強力に付着し、遊離した状態のものが少なくなったため抗毒素血清が全くといってよい程効果がなく、ICUレベルでの呼吸、全身管理を長期にわたり強いられることとなった。

また、一部の一般紙が患者サイドの食品保存のまずさを強調する姿勢が目立ったが、レトルトと混同しやすい食品形態の氾濫や、保存法の表記の不十分さが今回の背景にあったと思われる。食品の衛生管理の改善は当然として、真空パックなど工業規格の厳格でない食品に関する保存法の明記の徹底、一般消費者への啓発などが今後の課題と考えられる。

慈恵医大柏病院
小林博司 黒川直清 小林正久 斉藤義弘
小林尚明 津田 隆 藤沢康司 久保政勝
慈恵医大小児科 衛藤義勝
東京都立衛生研究所
門間千恵 柳川義勢 諸角 聖

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