1998/99シーズンのインフルエンザウイルスの抗原性と分子進化

1998/99シーズンもこの数年来続いてきたA香港(H3N2)とB型インフルエンザウイルスの混合流行のパターンを繰り返した。何故かは明らかではないが、Aソ連(H1N1)型ウイルスによる大規模な流行も見られなくなり、加えて、A香港あるいはB型ウイルスによる大流行時代も影を潜めた。

 1.流行ウイルスの抗原性
 1)A香港型ウイルス:昨シーズンに分離されたA香港型ウイルス株の抗原性は98%以上がA/シドニー/5/97に近く、部分的にこれよりHI試験で23価程度変異したA/福島/99/98様ウイルスがわずかに分離されていることが明らかとなった。参考までに、表1にフェレット感染血清による抗原分析の結果を示した。例えば、A/シドニー/5/97に対するフェレット感染免疫血清が感染株自身に対し1:320の値で反応する時、福島株には1:20という結果になっている。後者の分離株はわずか2つであった。さらに、両ウイルスの範疇に入らない変異株、A/仙台H/296/99が分離されてきたことに注目したい。このウイルスは中国変異株のA/上海/42/99に近く、そして他の変異株とも広く反応することが明らかとなった。図1にA/仙台H/296/99に近い変異株の世界的な分布を示したが、日本の他に中国、ロシア、フランス、オーストラリア、マレーシアおよびニュージーランドでの分離が我々の抗原分析で確認された。この変異株が今シーズンにどのような規模で流行に参加してくるのかが注目される。

 2)Aソ連型ウイルス:Aソ連型ウイルスは世界的に散発的な発生が多く、この数年間主流ウイルスの抗原性はA/ヨハネスブルク/82/96あるいはA/ハルビン/04/97に近いということが国際的に認められてきた。ところが、アジア、そして日本で散発的に分離されてきたウイルスは抗原的にA/北京/262/95に似ているのが大勢を占めてきたが、昨シーズンはA/石川/42/98で代表される変異株が分離されるようになった。1999年に入ってその傾向が一層強まり、少数の分離株でありながら、6株中4株がA/石川/42/98に近い抗原性を有していることが明らかとなった。注目されるのは、1999年の9月フランスのニースで開かれた南半球用のワクチン株の選定会議で、Aソ連型として推奨されたA/ニューカレドニア/20/99に日本の変異株を代表するA/石川/42/98が近いことが確認されたことであろう。参考まで日本の後者のウイルスも、A/ニューカレドニア/20/99と同じように国際的な標準株として認知されたことで、今シーズンにこれらがどのような挙動をしめすかが気になるところである。

 3)B型ウイルス:この数年、アジア地域で珍しい流行パターンを示し、進化学的および抗原性の面でも異なるB/山形/16/88系統とB/ビクトリア/2/87系統のウイルスが同時に流行していることが明らかとなった。昨シーズンの初めに静岡県で分離されたB型ウイルスは後者の系統に属し、同系統の国際的な標準株であるB/北京/243/97およびB/山東/67/97がB/静岡あるいはB/広島/59/99と反応する。一方、B/山形/16/88の系統の最近の流行株に近いウイルスも(B/ハルビン/07/94)、B/鹿児島/289/99あるいはB/大阪/453/99で代表されるように分離されている。いってみれば、B型ウイルス両系統の混合流行であるが、図2に見られるようにB/山形/16/88系統の最近の流行ウイルスを代表するB/ハルビン/07/94ウイルスの流行がやや優勢を占めている。このような両系統ウイルスによる流行パターンが認知されたのは世界でも日本が初めてで、WHOの会議で高く評価された。地方衛生研究所を中心とする病原体サーベイランス担当者の熱心な活動と技術水準の高さを反映したものであろう。いずれにしろ、両ウイルスが今シーズンにどのような流行様式をとるかに興味が持たれる。

 2.流行ウイルスの分子進化
 1)A香港型ウイルス図3にA香港型ウイルスのHA遺伝子の塩基置換パターンを基礎にして作った進化系統樹を示した。昨年のA香港型で主流行ウイルスになったA/シドニー/5/97ウイルスの進化学的位置を黒い矢印で示したが、同系統の日本の代表株のA/佐賀/128/97ウイルスとは進化学的に異なっていることが分かった。両ウイルスは抗原的には非常に類似していることがWHOのWERの報告にも記載されているが、日本の株はA/シドニー/5/97の推定される親株から数年前に分化していることが示された。そして、進化系統樹のトップの枝に位置しているのがA/福島/99/98、先の抗原分析で説明したA/仙台H/296/99およびA/上海/42/99も、進化学的な分析でA/シドニー/5/97から大きく進化しているのが明らかとなった。今後、こうした変異ウイルスがどのような運命を辿るかが注目される。

 2)Aソ連型ウイルス:1991年以来、Aソ連型ウイルスは大きく2つの方向に分かれて進化してきたが、HA遺伝子を基礎とした進化系統樹で、第1の系統を代表するのがA/バイエルン/07/95、そして第2の系統を代表するのがA/シンガポール/03/90ウイルスであることが示された。それ以降両ウイルスはますます分化の程度を強め、第1の系統はA/ヨハネスブルク/82/96を経てA/モスクワ/13/98あるいはA/リヨン/250/98と新しい枝を形成していることが分かった。第2の系統はワクチン株のA/北京/262/95の進化の枝から大きく離れ、A/石川/42/98が新しい進化の芽を出しているのが印象的である。

 3)B型ウイルス:B/山形/18/88の系統およびB/ビクトリア/2/87系統のHA遺伝子の塩基配列を基礎にした系統樹を作成した。先に述べたように両系統ウイルスは特徴のある流行パターンを日本だけで示した。B/山形/16/88の系統はB/ハルビン/7/94ウイルスを経て、B/北京/184/93へとつながり、B/山梨/166/98へと至って新しい変異株として国際的に認知された。米国、EU、イギリスはこのウイルスをワクチン株として今シーズンに利用することに決定した。そして、1999年9月のWHOワクチン選定会議で本ウイルスをワクチン株の候補として認定した。

本サーベイランス情報は地方衛生研究所との共同で実施されたものである。ここで改めて感謝の意を表したい。

国立感染研ウイルス一部呼吸器ウイルス室
WHOインフルエンザ・呼吸器ウイルス協力センター
根路銘国昭

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