毒素遺伝子A・B型保有株による乳児ボツリヌス症の一例−広島県
乳児ボツリヌス症は、生後2週以上1歳未満の乳児に発症する疾病で、1976年に米国で最初に報告された比較的新しい感染症である。わが国においても1986年に最初の1例が報告され、これまでに少なくとも16例(1996年4月まで)が報告されているが、広島県内での報告例はない。今回我々は、毒素遺伝子A・B型保有株による乳児ボツリヌス症事例を経験したのでその概要を報告する。
症例:生後7カ月の男児。1999(平成11)年3月に発症。哺乳量の減少、便秘(近医を受診した主訴)、眼瞼下垂、筋力低下の進行(全身性)、啼泣微弱、呼吸運動減弱などが認められた。
材料および方法
(1)材料:患児の糞便、離乳食のベビーフード(市販品)および食材の泥付きサツマイモにそれぞれ滅菌0.2%ゼラチン加0.03molリン酸緩衝液(pH6.0)を等量加えて乳剤としたものを被検材料とした。
(2)ボツリヌス毒素の検出:被検材料の乳剤を4℃で1晩放置したものおよび0.3%ブドウ糖・ 0.5%可溶性澱粉加クックドミート培地(以下、CMGS培地)を用いて乳剤を30℃、3〜7日間嫌気条件で増菌培養した培養液をそれぞれ遠心して上清を試料とし、マウス腹腔内に投与して特有の症状(呼吸困難と腹部の特異的な陥没)を呈して斃死するか否かの毒性試験を行った。マウスが斃死した試料については抗毒素血清(千葉県血清研究所)を用いて中和試験を行い毒素型を決定した。
(3)ボツリヌス菌の分離・同定:抗生物質(cycloserine・sulfamethoxazole・trimethoprim)と卵黄を加えた変法GAM寒天培地にCMGS培地の培養液を画線塗抹し30℃、2日間嫌気培養した。リパーゼによる真珠層を形成した集落を釣菌してグラム染色、メラーの芽胞染色および生化学的試験を行いボツリヌス菌を同定した。分離された菌株はCMGS培地で培養し、毒素の産生性および毒素型を決定した。
(4)PCR法による毒素遺伝子の検出:被検材料の乳剤を滅菌生理食塩水で洗浄し遠心した沈渣に、滅菌蒸留水を加えて100℃10分間煮沸してDNAを熱抽出した。また、CMGS培地の培養液も同様に処理してそれぞれテンプレートDNAとして用いた。プライマーにはボツリヌス菌毒素遺伝子検出用プライマー(宝酒造)を用いた。反応液組成および増幅条件は使用書に従った。
結果および考察:毒性試験の結果、糞便の乳剤上清と糞便を接種したCMGS培地の培養液上清から毒素が検出された。毒素は 100℃、10分間の加熱により無毒化された。また、中和試験で毒素型はどちらもA型と判定された。一方、テンプレートDNAからPCR法により毒素遺伝子の有無を調べたところ、毒素が検出された同じ糞便材料から毒素遺伝子が検出されたが、A型とB型の2つの毒素遺伝子がともに検出された。
ボツリヌス菌は糞便から分離された。分離された菌株からもPCR法によりA型とB型の両毒素遺伝子が検出されたが、毒素はA型の産生性しか認められなかった。PCR法によって検出された分離株のボツリヌス毒素遺伝子を岡山大学医学部から分与されたA型株(A:A-NIH)、B型株(Bp:B-Lamanna)および当センターで保有していたE型株と比較して図に示した。B型毒素はトリプシン処理によっても活性化されず、B型遺伝子は発現されていない遺伝子(silent gene)と考えられた。薬剤感受性試験で分離株はテトラサイクリン、エリスロマイシンに高い感受性を示したが、ゲンタマイシン、ホスホマイシンには耐性であった。乳児ボツリヌス症の多くは蜂蜜の摂取が感染源と考えられているが、患児には蜂蜜の摂取歴はなく、ベビーフードやサツマイモに付着していた泥からもボツリヌス菌および毒素遺伝子は検出されず感染源は判明しなかった。そのため、塵(house dust)など環境調査の必要性も示唆された。
最後に、貴重な菌株を分与いただいた岡山大学医学部細菌学教室・小熊恵二先生に深謝いたします。
広島県保健環境センター
竹田義弘 東久保 靖 井上佳織 小川博美
広島大学医学部 岡田 賢 佐藤 貴