病理組織標本から確定されたジフテリア感染による死亡症例

ジフテリアは本月報Vol.19 No.10(1998)に特集されているが、近年発症例が少なく死亡症例は最近10年では1例のみである。このため経験したことのある臨床医は極めてわずかであり、的確な臨床診断がなされない可能性がある。病理組織標本からジフテリア感染を診断した症例を経験したので、その概要を記載し、感染症診断における病理組織診断の重要性を指摘したい。

症例は68歳男性。1999年7月31日、急速に進行する呼吸困難により救急車で岐阜県下の公立病院に搬送された。窒息の症状を呈し直ちに挿管が試みられたが、咽頭から喉頭にかけて白色の腫瘍様の病変により気道の視野が確保できない状態で、気管内挿管が極めて困難であった。その後心停止、呼吸停止となり、蘇生できず死亡した。死亡直後に耳鼻科の専門医が観察したが、咽喉頭は白色の病変に置換され、腫瘍性病変を疑った。病理解剖の許可が得られず、病変部分の組織のみが採取された。

生検された組織は、好中球浸潤の高度な浮腫状の急性炎症所見を認め、粘膜上には分厚く膿苔の付着を認める急性感染性喉頭炎の所見であった。膿苔部分には少数の好中球浸潤、出血、高度なフィブリンの析出からなる像であった。この膿苔にはグラム染色で多数の陽性桿菌を認めた。この領域におけるグラム陽性桿菌感染は極めて稀な病態であり、急激な発症と最終的には呼吸不全により死亡したことを考え合わせ、組織学的にはジフテリア感染症が極めて強く疑われた。

細菌学的検索が可能な検体が採取されていなかったために、この病理組織検体と、ホルマリン固定液中に浮遊していた膿苔成分からの細菌の同定を行った。病理組織標本、ホルマリン固定された細菌集塊、いずれもグラム陽性桿菌が見い出され、この細菌は、異染小体染色により、ジフテリアに特有な菌の一端もしくは両端が異染性を呈する陽性所見を少数であるが認めた。膿苔成分を走査電顕的に観察すると、長径1〜2μの桿菌は一側もしくは両端がこん棒状に膨隆し、細菌形態的には定型的なジフテリア(Corynebacterium diphtheriae)の像と考えられた。パラフィン切片およびホルマリン固定細菌塗沫標本を用いた、抗ジフテリア抗体による蛍光抗体法による検索を行った。いずれの検体でも陽性蛍光を桿菌に一致して認めた。ホルマリン固定された臨床材料からのジフテリア毒素遺伝子の検出を、国立感染症研究所細菌・血液製剤部に依頼した。当初、ホルマリン固定されていない菌体からジフテリア毒素遺伝子を検出する条件でPCR解析を実施したが、陽性結果が得られなかった。そこで、再度、短いDNA断片を増幅・検出する新しい特異的PCRプライマーセットを作製し反応を行ったところ、ジフテリア毒素遺伝子に相当すると思われる陽性バンドを得ることができた(小宮貴子)。そこで、このPCR産物についてシークエンス解析を実施し、該当するジフテリア毒素遺伝子の一部の塩基配列(60 base)を確認することができた(柴田尚宏)。

以上の所見から、本例はジフテリア感染症と考えられた。

生細菌からのジフテリア診断は既に確立したものであるが、病理組織でもジフテリアの診断は可能であることが示された。臨床診断で細菌感染症が疑われず、細菌学的検索が不可能な事態はジフテリアにおいては想定され、病理診断による診断の端緒が得られる可能性が考えられる。病理組織標本による感染症の診断は、生材料による細菌学的検索に迅速性、確実性において劣るものの、感染症が疑われず、本例のように病理組織標本のみが得られた場合にはその重要性は極めて高い。病変の部位、組織像のパターンからある程度の病原体の絞り込みは可能であり、簡便なグラム染色が重要な所見を提示する。さらにその後の詳細な検討は、病理組織検体では繰り返し行うことが可能な利点がある。ジフテリアに限らず、感染症の診断において病理組織診断の重要性および有用性を明記したい。

名古屋大学附属病院病理部 伊藤雅文 鈴木利明

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